ちなみに役割給制度は同社会長の御手洗冨士夫氏が会長を務める日本経団連が2007年5月、日本企業の新たな賃金モデルとして提案している。キヤノンの人事制度が日本はおろか世界のデファクトスタンダードになるのか。しかし、その前に果たすべき課題もある。同社が重視するのは制度の定着である。
「始めたばかりであり、正直言っていかに根づかせるかが最大の課題である。足下を見ながら進めていきたいし、企業文化として定着するには10年はかかるのではないか」(原人事部長)
人事制度の定着だけではない。選抜研修制度についてもスタートしたばかりである。経営人材の育成は研修と配置、つまり部門を超えて経営職に抜擢し、経営修業を積ませることも重要である。今後は「経営人材として部門を超えて配置していくローテーションの仕組みもつくっていきたい」(原人事部長)という課題も抱えている。
一般的に人事・賃金制度改革の成否の判断は難しい。たとえば会社の業績が好調な時期は水面下では多少の不満はあっても表面化されにくい。その点、会社の業績悪化時に成果主義を導入した企業の多くでは社員の不満が顕在化し、社員のモチベーションを低下させた事例も少なくない。
問題は業績が低迷した場合である。業績の低迷は当然賞与に跳ね返り年収を引き下げる。さらに続くと雇用調整による人件費削減というのが従来のパターンである。しかし、前述したようにキヤノンは社員の給与のシェアリングによって雇用を守ることになる。そうなると役割給の格差を前提にシェアリングが実施された場合、社員のモチベーションにどういう影響が出るのか。
制度の浸透・定着により個々の社員のマインドがプラスに転化するのか。まさに、そのときに終身雇用と実力主義の真価が問われることになる。キヤノンの取り組みは日本的経営の進化を占う大いなる実験として注目すべきだろう。