業績悪化時は全員で給料をシェアリングしながら雇用を守るという「覚悟」は、キヤノンの価値観、文化であり、その是非を問う必要はない。問題は終身雇用に潜む弊害を克服し、いかに従業員のモチベーションと資質を高めながら、生産性の向上につなげていくかという点だ。言うまでもなく右肩上がり経済時代の経営スタイルとは異なる新たな経営・人事戦略が求められている。その観点では、キヤノンの取り組みは大きな実験とも呼べるものだ。
同社は00年以降、JK(人事革新)の呼び名でさまざまな改革に着手している。その1つが根幹をなす賃金制度改革である。従来の年功的処遇体系から欧米の職務給的要素を取り入れた独自の「役割給」制度を01年に管理職に導入している。役割給とは従来の日本的賃金の決定基準を大きく変えるものだ。
簡単に言えば、これまでの日本的賃金が本人の能力など「人」を基準に決定していたのに対し、役割給は「仕事」を基準とする。つまり、年齢や能力に関係なく、本人が従事している職務や役割に着目し、同一の役割であれば給与も同じである。どれだけ重要な仕事をこなしているかというポスト(椅子)で給与が決定し、逆にポストが変われば給与も変わるというものだ。
同社は終身雇用と並んで「実力主義」を創業時から掲げてきた。しかし、実態は実力に基づく賃金格差が多少あっても全体としては経験年数に引きずられて賃金が上がる年功的処遇となっていた。それを払拭し、実力主義を徹底する目的で導入されたのが役割給だ。さらに年功的運用で誰もが給与が上がることをやめるということは人件費構造改革でもあり、当然、終身雇用の維持とも密接に関連する。
「終身雇用を堅持する以上、経営環境が変化する中で実力主義とどう両立させていくかという課題があった。そこで出てきたのが、能力ではなく、仕事、役割で処遇していくという1つの回答だった」(原人事部長)
今でこそ役割給の導入企業は珍しくないが、本格的に導入したのは同社が初めてである。そして05年には一般社員層にも導入している。役割の定義は企業によって異なるが、同社は担当する仕事や職務に加えて、その職務をどこまで、どのようにやるかという職務を遂行する責任範囲(職責)の2つを役割と呼ぶ。役割レベルを一般社員層4段階、管理職を5段階設定し、それぞれ果たすべき役割が決まっている。役割をベースに期初に上司と話し合って決めた重点目標など個人の職責について期末に評価が実施され、毎年の昇降給額が決まる。
したがって欧米の職務給のように同じ職務であれば同額(単一レート)というのではなく、同一役割レベル内で一定のレンジ(賃金幅)のある範囲給である。賃金は月例給と賞与で構成されるが、月例給は役割給1本である。しかも従来あった毎年昇給する定期昇給制度を廃止するとともに住宅手当や家族手当などの諸手当もすべて廃止した。賞与は役割給反映部分と個人業績、会社業績の3つで決まる。