挨拶で相手の心をツカむ
「私の体の3分の1はコカ・コーラでできています」
「これまでに御社のポテトチップスを3000袋は食べました」
戦略コンサルタントが消費財メーカーを訪問するときの殺し文句だ。三谷氏が解説する。
「僕の実家は福井県で食料品店をやっていたので、たとえばコカ・コーラ製品もけっこう扱っていました。僕自身は炭酸が苦手なので飲まないんですが(笑)、利益を考えれば『3分の1』。一心同体ですといっているような感じです。これで相手は親しみを持ってくれるでしょう」
そのコカ・コーラに「命をかけている」というのが魚谷氏だ。
ある年、外資系企業の日本法人に招かれて講演をした。この会社は世界的な伝統企業であり、四角四面の社風である。社員1000人ほどが待つ会場へ乗り込んだ魚谷氏、壇上へ上ると元気よく、
「みなさん、こんにちは!」
挨拶もそこそこに、コカ・コーラのレギュラーボトルを取り出し、ごくごくと一気飲みのパフォーマンス。
「これだけでみんなが笑顔になり、笑い声が響きました。気持ちがオープンになり、スムーズに本題を吸収してくれました。実はその会社も、これからはマーケティングをしっかりやっていかなければいけないという課題を持っていました。だから僕のような広告やプロモーションをいつも考えている会社の人間を招いてくれたのです」
聴衆の目や耳を奪う、みごとな挨拶である。
こんなパターンもある。魚谷氏が一言挨拶したあと、正面スクリーンに写真が大映しになった。赤いジャケットを着た魚谷氏とプロゴルフの石川遼選手が握手をしている。
人気者の登場にどよめく会場。そこへすかさず、
「みなさん、合成写真だと思っているでしょう? 違うんですよ」
聴衆は笑い、前のめりになって講演に耳を傾ける。
「別に僕らは笑わせることが目的ではありません。ユーモアでみんなの気持ちがオープンになると、本題に入りやすくなるのです。遼君とは彼がプロになる前からの付き合いで、お父さんのこともよく知っています。16歳のときから彼は『20歳になったらマスターズで優勝を狙います』といっていて、そのために人1倍練習を重ねてきました。そう話したあとで、志を立てて努力をするのは企業といえども同じです、という本題に入っていくのです」
この場合、石川選手のような「誰もが知っている事例」を最初に持ってくることがコツだという。
1954年、奈良県生まれ。同志社大学卒業後、ライオン入社。83年コロンビア大学でMBAを取得。94年日本コカ・コーラ入社、2001年社長に就任、06年より現職。07年7月より1年間NTTドコモ特別顧問を兼務する。近著は『会社は変われる!ドコモ1000日の挑戦』。
三谷宏治 K.I.T.虎ノ門大学院 主任教授
1964年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、BCG、アクセンチュアを経て、2006年より教育世界に転身。現在は大学教授、著述家のほか、子供、親、教師向けの講演者として活動。近著は『経営戦略全史』。