歴史には「乾いた歴史」と「湿った歴史」がある。栗原俊雄さんは本書の冒頭で、そんな印象的な言葉を書いている。
「乾いた歴史」とは、戦国時代の英雄の活躍のような遠く離れた時代の出来事のこと。一方で「湿った歴史」とは、当事者に取材が可能だったり、実際の生々しい遺跡が残っていたりするものを指す。本書は毎日新聞学芸部の記者である彼が、後者の歴史を訪ね歩いた1冊だ。
「入社したばかりの頃、戦艦大和の元乗組員を取材したことがきっかけでした。戦艦大和は僕らの世代にとってすでに“歴史”だけれど、その気になれば当事者に話を聞ける。そのことに新鮮な驚きを感じたんです」
栗原さんはこれまでに『戦艦大和』や『シベリア抑留』などの作品を著している。「毎日新聞」で3年近く続けてきた連載を大幅に加筆した本書は、近現代史の現場をルポしてきた記者としての仕事の総決算でもあった。
訪れた「遺跡」は21カ所。例えば東京大空襲における膨大な犠牲者の仮埋葬地の取材では、上野公園に8000体以上、錦糸公園に1万3000体近い遺体が埋葬されていた事実を描いた。また、太平洋戦争の激戦地となった硫黄島には3度通い、現在も続く遺骨収集の模様を見ている。そうした中で目標としたのが、取材を通して前述の「湿った歴史」の手触りを確かに感じとることだったのだ。
「日本の近現代史は、掘れば掘るほど見えていたようで見えていなかった事実が出てくる。それは誰にでも行ける場所、意外なほど僕らの身近にもある。連載時はそれぞれ3枚程度のルポだったのですが、取材は常に30枚の原稿を書けるようなものにしようと心がけました」
特に戦争遺跡について調べていると、「いまやらないと、50年後にはこれがなかったことになってしまう」と心がうずく。
「近現代史の遺跡をめぐることは、僕の記者としての生きがい。将来、たとえ現場に行く機会が減っても、これだけは書き続けていきたいと思っています」