受験塾は、その調子で母親の劣等感を刺激しながら、彼女を少しずつ洗脳していった。さらに追い打ちをかけるのが、ママ友同士の情報戦。
同じ受験塾でも合格率の高い担任とそうでない担任がいるとか、絶対に合格させてくれる秘密の受験塾があるといったうわさが飛び交い、完全に自分を見失う。結果、お受験幼稚園や受験塾を何カ所も渡り歩くことになる。
洋子さんはご多分に漏れず、受験塾、お絵描き、体操、週末は模試にくわえ、家でも次々と課題を与えていったという、母親がノイローゼ状態で受験準備を続けると、お子さんの子供らしさがどんどん失われていく。と奥野は言う。
「小学校受験で、どの学校を受けても求められるものがあります。それは、旺盛な好奇心や人懐っこさ。思考力を身につけておくことは大切ですが、なにより子供らしさを失わないことが一番。まずは、あなたは決して悪いお母さんではない、よくやっていると褒めてさしあげました。そして、お勉強に関しては、こちらに任せてください、気楽にやりましょうと申しあげました」
海斗くんの受験では、方針を大転換。体操教室と奥野の指導だけに絞り、ペーパーテスト対策は必要最低限にとどめた。余計な情報に惑わされることなく、洋子さんは安定した精神状態をキープ、海斗くんも最後まで子供らしさをキープした。
費用は年間70万円程度で済み、垂涎(すいぜん)の「新設校1期生」の座を手中に収めた。お受験では、兄や姉は勉強漬けで失敗、弟や妹は合格という場合が多いらしい。
「とくに共働きの母親は、受験と仕事を同じように考え、効率的な勉強をさせようとしがちです。お受験では量より質のほうが大切。塾でこなす問題より、お母さんと一緒にゆっくり解いた1問のほうに意味がある。効率や量だけを追い求めると、お子さんがつぶれてしまいます。母親がさまざまな情報に惑わされず、自信をもって、ゆったり構えることが合格への一番の近道なのですよ」