今、日本人の通念からすれば、円高すなわち悪である。が、本当にそうなのか? 円安容認派は2006年を持ち出し、あの頃は輸出主導で景気が回復していたではないか、円安に振れてGDPが増加し、株も上がったと指摘する。一方、円高局面では、08年以降が典型とされるが、経済成長率も下がり失業率も上がった。であれば、日本経済全体として正しいのは円安だろう、という論理展開となる。
サブプライム危機が白日のもとに晒される以前の05年から07年にかけて、確かに輸出が日本経済の牽引役となっていたことを否定するつもりはない。さはさりながら、円高であれば常に景気が下向きで株安となり、日本経済全体が脆弱になると言い切ることもできまい。
最も端的な例は1980年代後半である。85年9月のプラザ合意によって米ドルが切り下げられ、1ドル=240円だった為替レートは1年後の86年には150円台、87年には140円台、88年には120円台と円高が進んだ。
当時は、実質GDPが333兆円から382兆円へと約50兆円(15%)拡大したバブル期。かたや05年から07年の3年間は504兆円から524兆円と20兆円(4%)の伸びにすぎない。
円安で一部輸出企業が好調でも、それが日本経済全体の成長に繋がるのか甚だ疑問であるし、単純比較すれば、むしろ円高のほうが広く国民へ経済成長の恩恵をもたらす、と考えることもできる。しかし、ここで円高・円安が日本経済の好不調の原因だと語るつもりは毛頭ない。
というのも、悪とされる円高にしても、デフレにしても、原因ではなく結果として発生している経済現象にすぎないからだ。ちなみにデフレはモノの値段が下がり、通貨価値が上がる、ただそれだけを示す経済用語である。インフレに好況の定義が入らないように、デフレに不況の定義は入らない。結果に原因を求めても解決にはならない。原因は別にあるのに、不毛な議論を繰り返してきたのがこの失われた20年だったともいえよう。
円安になれば輸出製品の海外での販売価格を下げる作用を及ぼすため、輸出企業にとって有利といった一辺倒の解説もいささか懐古主義的と言わざるをえない。
過去数十年の円高局面において、国内企業の7割はすでに海外展開している。現地調達・販売なら為替変動の影響はほとんど受けない。日本に残った企業の輸出入の貿易取引の通貨建ての比率を見ても輸出ではドルが約5割、輸入で同7割を占め、企業はむしろ円高でメリットを享受している。さらに、先物予約や通貨オプション取引などデリバティブを駆使して為替変動のリスクをスマートに回避している。円高が企業業績を圧迫する最大の原因ならば、戦後の円の最高値を更新した直後の決算で、上場企業の5割以上が増益となったことの説明がつかない。