56歳でも志を失わない

賀古に送った歌には基になった鷗外作品がある。1916(大正5)年1月から5月まで東京日日新聞で連載した『渋江抽斎』である。冒頭、抽斎の志を述べた以下の漢詩から書き始められる。

三十七年一瞬の如し、医を学び業を伝へて薄才ぶ。栄枯窮達は天命に任せ、安楽を銭に換へて貧を患へず。

そして、この詩について鷗外は「老驥らうきれきに伏すれども、こころざし千里に在りと云ふ意が此中に蔵せられてゐる」と解説を記している。

「老驥」は年老いた駿馬で、「櫪」はくぬぎの木から転じて馬小屋を指す。英傑は年老いてもなお勇壮な志を失わない、という意味で、出典は中国・三国時代の魏の武帝(曹操)の詩である。