「人生の望みはあるかい?」
悪いことに、自分を疑い出したら過去のことまで思い返すようになりました。
ぼくは生まれつき心臓病を患っていました。さらに色弱でもあります。みんなの見ている風景や世界の色と、自分が見ている色は違うと言われた時はショックでした。
ただその反動でしょう、どうせ短い命なんだから他の人と違うことを気にせず、みんなに愛されようと面白い少年を演じるようになったんです。
それはまずまずうまくできていたと思うんです。進学した高専では春と秋の2度、生徒が出し物をする文化祭のような催しがありました。ぼくは毎回、漫才の脚本を書いて、実際に演じました。ドッカン、ドッカン、笑いをとって、1年生から5年生まで10回の催しですべて優勝したんです。
しばらくはそれが自信になっていましたが、結局、人に好かれるために勉強したテクニックで笑いをとっただけ、高専時代もやっぱりニセモノだったとさらに不安に……。
30歳。会社に入った同級生たちがいっぱしのサラリーマンになっている頃、ぼくはそれまで抱いていた自信が、自信のなさの裏返しだったのではないかと気づいてしまったのです。
友人が散歩に誘ってくれたのは、そんな頃です。晩秋の井の頭公園をショボショボのオジサン2人が肩を並べて、ブラブラと歩きました。友人が聞くんです。「岡さんさぁ、人生の望みはあるかい?」って。
30年頑張れば自信を持てる
ぼくは「最近、自分に自信が持てないことにやっと気づいたよ。できれば、自信を持てる人間になりたい」と応えました。
すると彼は「どこかの偉い坊さんが言っていたらしいんだけど、30年間、真っすぐにひとつのことに努力すれば、人は自信を持てるらしいよ」と話しました。
当時30歳すぎだったので、これから30年間、1つのことに打ち込んだとして、自信を持てるようになるのは、60歳ごろ。
友人から「50年間」と言われていたら諦めていたかもしれません。80歳では生きているかどうかも分かりませんからね。当時のぼくにとって、30年間は現実的で、がんばり甲斐のある歳月だと感じたんです。
――岡さんにとっての「ひとつのこと」が、建築であり、蟻鱒鳶ルだったんですね。
そうです。子どもの頃から大工や建築家に憧れていたんです。お金持ちになるとか、結婚して人並みに生きるとかそういうことを諦めて一心不乱に建設の仕事に打ち込めば、自信を持てるんじゃないかと思いました。
ただそう簡単ではなかったです。努力はしたんですが、理想と現実が結びつかず、うまくいかないことばかりで、自信を取り戻すどころかズタズタに引き裂かれてしまった。ぼくには建築はやっぱりムリだ、人並みの仕事をして生きていこうと34歳で逃げるように結婚しました。