「あの子が受かったんだから、受からないわけないよね」
しかし、実家の両親は落胆するに違いない……。友也は事実を伝えることができずにいた。
「年末、帰省したくはないのですが、姉に子どもが生まれてから、親の世話を押し付けられるんです。『長男なんだから年末くらい面倒見ろ』ってね……」
昨年、嫌々ながら久々に実家に足を運ぶと、大変なことが起きていた。近所に住む知り合いと会った時、
「友くん、日本に戻ってきたの? 頑張ってるね! 今度、飲みながらゆっくり話聞かせて」
と、身に覚えのないことを言われたのだった。
友也はまさかと思い、母親に問い詰めると、
「友くん最近見ない、どうしてるって聞かれるから、『国際弁護士になった』って言ったのよ」
と驚くべき答えが返ってきたのだ。
「国際弁護士ってなんだよ!」
「あれ、眞子さまのダンナもそうでしょ?」
「そういうことじゃなくて……」
「友くんだったらなれるでしょ? 高校で一番だったんだから!」
母親は見栄っ張りで、時々、嘘をつくのだ。姉の夫は普通のサラリーマンだが、かなり高給取りのような話を近所に言いふらしていた。確かに、高校までの友也は成績優秀だった。高校の同級生のひとりは東大を出て司法試験に合格し、地元で弁護士をしている。母はいまだに負けず嫌いで、司法試験の話を出した時、
「あの子が受かったんだから、友くんが受からないわけないわよね。高校で一番だったんだから」
と、昔の息子が健在だと信じて疑わないのだ。
実家に戻るたびに嘘をつかなければいけない
「時間がかかると思うけど、いいでしょ? いつかなるんだから」
そう言われると、友也は「もう、その気がない」とは言えなかった。
東京に戻るとき、
「彼女に料理してもらいなさいよ、いるんでしょ?」
と、沢山の野菜や果物を友也に持たせた。そんな相手はいないが、やはり本当の事は伝えられなかった。友也には、長年、理想の息子を演じる癖が染みついているのだ。
「本来、実家って、気を使わなくていい空間だと思うのですが、うちは違うんです。いつも嘘や言い訳を用意しなくちゃならない……。今年はなんて誤魔化そうか、何を言いふらされているのか、年末に近づくにつれて憂鬱です……」
年末年始という家族が集う時期、家族の事で頭を悩ませている人々も多い。生まれ育った故郷で、消したい過去と対峙しなければならない状況に頭を抱えている人々も存在している。未来が拓けるかどうかは、過去と決別できるかにかかっているのではないだろうか。