お客が好む「一歩」の加減

大多数のバイヤーは、どうしても市場にあるもの、取引先、競合先を考え、その中からチョイスするというやり方だ。しかし震災後、文字通り何もないところで何が提案できるか。

グラフを拡大
2010年以降の直営店舗入店客数

「そうやって思い描いたものを探しにいくのが本来のバイイングだと初めて気がつきました。これが私の原点です。お客様にとって一番の購買動機は、自分の今の生活やスタイルを『一歩』よくする商品です。あまり先進的でもダメなのです。この『一歩』の按配をうまく想像できるかが大ヒットにつながるかどうかの境目です」(冨士)

「自主運営型」店舗を統括する冨士が担当するのは、多岐にわたっている。ネクタイや革小物、ワイシャツや靴などの重衣料、婦人靴やハンカチ、ハンドバッグなどの婦人用品だ。

百貨店の雑貨売り場といえば、紳士用品であれば、ネクタイがあって、ハンカチがあって、ワイシャツがあってと、容易に想像がつく。

「私はまずそこがおかしいんではないかと思っているんです」(冨士)。この10年で国民のライフスタイルは大きく変わった。社会環境も変わった。なのに百貨店の雑貨売り場の品揃えは変わらない。必ず見逃しているものがあるはずだと思った。

半年間幾度もトライアルを繰り返し、男のサブカルチャーとして、紳士フロアには海洋堂のフィギュアを並べたり、婦人フロアにはカメラ女子コーナーを設けた。例えばカメラ女子なら、トラベルガールというキャッチコピーにして、カメラを持って旅行に行くならストールが欲しい、動きやすい靴が欲しいと、客が連鎖的に感じることを、コンセプトに沿って多角的に商品提案できるきっかけが生まれるのだ。

「もちろん失敗することもあります。でもこれが確実に私たちの血となり肉となります。自主事業統括部というのは、人材育成の場でもあると思っているんです」