「見えない大陸」を見る力

89年に『ボーダレス・ワールド』を書き、2001年に"Invisible Continent"(邦題『大前研一 新・資本論——見えない経済大陸へ挑む』を書いた。その中間点である93~95年に、私はグループウエアを日本に紹介し、ネットコミュニティの村長さんをやり、サイバー社会の人間観察を続けていたことになる。のちに「日本のインターネットの父」と呼ばれる村井純さん(当時慶應義塾大学助教授)との縁もこの頃からだ。

『新・資本論』では、「21世紀の富はプラットフォームから生まれる」——と世界で初めて書いた。見えないものを見る力が、21世紀の覇者には必要だとも書いた。私にそれが見えていたのは、90年代半ばの段階で、サイバー社会に興味を持ち、自ら参加し、研究した結果だ。

93年刊の『新・大前研一レポート』に書いた83法案の中には、経済活動から犯罪までサイバースペースで生じる諸問題に対処するための「サイバー法」や、税務、社会保障、住民登録、選挙、教育、医療などあらゆる行政手続きを一元化するための「コモンデータベース法」の制定など、電子政府化につながる提言などを盛り込んだ。

95年の都知事選では、「都の窓口業務を電子化し、サービスのほとんどを電話やファックス、パソコン通信に切り替えて24時間365日受け付ける」という政策を選挙公約に掲げた。

当時、当時の東京都の職員数は約9万人。対して旦那の海外赴任に同行している日本人社員の奥様方が世界に4~6万人いた。学卒で優秀な人たちなのに、現地で時間を持て余して遊んでいる人も少なくない。そういう人たちをパートに使って、夜中に東京都にかかってきた電話やファックスを専用回線またはVPNで世界中に飛ばして「はい東京都です」と窓口対応してもらうのである。

バイオメトリクス(生体)認証を組み合わせたサイバーセキュリティ、サイバー上の個人情報を守るための独立したオンブズマン組織を三権(司法、立法、行政)の上位概念として設置する必要性なども、当時から説いていた。

民主党政権が持ち出してきたマイナンバー(共通背番号制)法案は12年末の解散、総選挙で審議未了のまま廃案になったが、あんなものは立ち枯れ状態の住基ネットの機能拡張程度の内容でしかない。

18年以上経過しても私が提唱してきたことがほとんど実現していないところに、サイバー後進国日本の長期低迷が透けて見える。

(次回は「大前流ネット・リテラシー(3)能動的ユーザー」)