愛娘はもう振り返ってはくれない
一条天皇は譲位ののち、6月22日に崩御した。一条への深い思いをいだいていた彰子は、翌長和元年(1012)5月、法華八講を行った。これは1部が8巻の法華経を朝夕1巻ずつ4日間講じるものだが、彰子は5日かけてていねいに行った。
そのときのことを、「光る君へ」で秋山竜次が演じている藤原実資が日記『小右記』に書いている。権力に追従しないことで知られる実資に、彰子から「お追従をしない実資が八講に毎日きてくれて、大変うれしく思う」と言伝てられたというのだ。
同じ5月、一条天皇の一周忌法会が圓教寺で行われた際、実資が女房(おそらく紫式部)を介して法華八講のときのことへの謝意を伝えると、「一周忌が終わり、部屋のしつらいが喪中から日常に変わったのがさみしい」といった言葉が返されたという。
このエピソードについて、服部早苗氏は「一条院亡き後、彰子は公卿たちの行動を冷静に見つめ、権力者に追従する人物か、あるいは信頼に足る人物か、しっかりと見極めている」(『人物叢書 藤原彰子』吉川弘文館)と書く。
一方、その翌月、重病になった道長は(のちに回復するが)、実資に「とりわけ彰子が気がかりだ」と話している。彰子が自分から離れてしまったようで、心配していたのだろうか。しかし、彰子は父を反面教師に、たしかに成長していたと思われる。