効率、能率など度外視の「やみつき状態」になる

僕は「傷つくこと」こそ準備なのだと思う。「磨く」とは無数の細かい傷をつけることである、と。

傷つくのは当然、楽しいことではない。苦しく、つらいことだろう。

そこで僕の次の提言としては、この苦しい準備というものに、ぜひ積極的に挑んで「やみつき」になってほしいのだ。

まず、コスパやタイパ重視で手っ取り早く成果を得ようとしないことだ。それだと準備のスケールが小さくなって、結果、得られるものも小さくまとまりがちになる。

遠回りし、時間をかけた濃密な準備のプロセスの中にこそ、お宝がいっぱい眠っている。それらを自力で掘り起こすには、効率、能率など度外視の「やみつき状態」になることが欠かせない。準備にやみつきになっている状態とは、別の言い方をすれば、時間を忘れて没頭し、無我夢中で準備をしている状態。準備の熟睡状態だ。

脳は、我を忘れて夢中でフル活動させると、普段以上の能力を発揮するものだと思う。いつもは眠っている勘が働くようになり、小さなことに気づくようになったり、少し先の予測がつくようになったりする。

だから、準備の段階で調査や資料集め、イメトレなどを徹底的にして脳をオーバーヒート寸前にまで持っていくと、本番で普段以上の力を発揮できるはずだ。

オーバーヒート寸前まで準備すると思わぬ宝に出会える

2時間15分ぶっ通しで喋り続ける「トーキングブルース」では、このオーバーヒート寸前状態がずっと続くせいで、まるで焼き切れ寸前の、煙が出ているような状態になる。公演中は半狂乱。少し宙に浮いているような感覚だ。何カ所か意識や思考がパーンと飛んだり、脳と肉体の連携がまずくなって滑舌に悪影響が出たりする。

レコーディングスタジオのマイク
写真=iStock.com/Patrick Daxenbichler
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人間が1対900で向き合っているのだ。そこには快感もあるし、幸福感もあるし、たくさんのお客さんにお越しいただけてうれしいのだけれど、やっぱり等身大・実寸大の自分ではとても耐えきれない。もし、本当に素の自分になってしまったら、「すみません、失礼いたします。空席が見えるので、僕も客席に行かせていただきます」となってしまうだろう。

でも、その半狂乱でオーバーヒート寸前の異常な脳の状態で夢中でやっているうちに、まるで福音が降りてきたかのような瞬間が訪れるものなのだ。普段では作動しない予感が走るなど、特別な感覚になることが本当にある。

オーバーヒート寸前の状態を続けるのだから、いくらかは肉体にも精神にも休息が必要だ。でも焼き切れそうなまでに、準備にのめり込むと、思わぬ宝に巡り合える。