自分の強みを磨くにはどうすればいいのか。フリーアナウンサーの古舘伊知郎さんは、「『効率化』を追い求める現代に、あえて『非効率』を貫く準備が成功への鍵になる。ただそれでも、『報道ステーション』のメインキャスターになりたての頃は、本当に苦しかった」という――。

※本稿は、古舘伊知郎『伝えるための準備学』(ひろのぶと株式会社)の一部を再編集したものです。

テレビCMを撮影しているスタジオの様子
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天才・立川談志のすごさ

驚くべきことに、世の中には、ほとんど準備を感じさせない人もいる。僕の知る限りでは、たとえば立川談志さんだ。もう亡くなってしまったけど、一時期、談志さんにはかわいがっていただいた。おかげで、弟子になったわけでもないのに、立川談志という稀代の噺家の凄みを間近で目撃できた。

そういえば、落語の世界では真打の噺家を「師匠」と呼ぶことがある。だが、あんまり誰も彼もが「師匠」って言ってしまうと、師匠のインフレが起きるじゃないか。僕は噺家ではないし、彼の弟子でもない。「おまえの師匠じゃないだろ!」という話だ。

だから僕は「師匠」とは呼ばない。あくまでも僕は、の話ではあるけれど、その人のことを本当の師匠だと思って尊敬しているからこそ、噺家・仲間内ではない僕は、「談志さん」と呼んでいる。

天才にだけ許された「準備なき本番」

それでだ。談志さんの話だ。

談志さんいわく「努力とは、馬鹿のやる所業である」。努力という準備など「馬鹿のマスターベーション」に過ぎないとまで言い切って、努力する姿を見せないどころか本当に準備をしない――と見せかけていた。そもそも努力してみないと馬鹿のやることはわからない。だから談志さんとて準備の前科三犯なのだと思う。

彼はある意味、「ぶっつけ本番、これこそ自分の準備」と自分に言い聞かせる「心の準備」を常にしていたとはいえるかもしれない。けれどもそれは、凡人である僕が語る準備学とは次元の異なるもの。やっぱり彼は準備を遠ざける、ひと握りの天才だった。

もちろん談志さんにも弟子だった時代がある。その頃は師匠からの口伝で必死に噺を覚えたはずだ。

だが真打となり、特に晩年になると、準備も何もなく高座に上がる。自宅を出て会場に辿り着き、衣装を身につけ、あの緋毛氈の上の座布団に腰を据えるだけ。あとは、その場で思いついたことを当てもなく話しつつ、すっかり頭に入っている噺を披露する。これこそ名人芸ではないか。