「ブラックアウト」の経験から学んだこと
2018年のバーティカル・ブルーで、廣瀬はイタリアのアレッシア・ゼッキーニとスロベニアのアレンカ・アルトニクと世界記録を争い、一時は世界記録を更新する106メートルまで伸ばした。一方、同大会では大会最終日に107メートルに挑戦した際、浮上中に意識を失う「ブラックアウト」を経験している。その経験から、廣瀬は次のようなことをあらためて学んだと語る。
「2018年の106メートルの時は、『自分の行けるところまで行った』という良いダイブができたんです。でも、その後、ゼッキーニ選手とアレンカ選手が記録をさらに伸ばす中で、『勝負をする』という気持ちになってしまったんですね。
特にゼッキーニ選手は自身がブラックアウトを繰り返しても、とにかく記録を伸ばそうとするタイプ。私とは本来、スタイルが違うダイバーなのですが、彼女の『絶対に負けない』という雰囲気に引っ張られてしまった。そんなふうに自分と闘っている状態になると、クレイジーに限界を超えるようなダイブになって、『いいダイブ』をしようという感覚が薄まってしまったのだと思っています。
その経験から学んだのは、どんなにハードな状況であっても、あくまでもダイブを自分軸で考えることの大切さでした。『この人よりも勝たなきゃ』『あの人が107メートルなら私も107メートルやらなきゃ』と考えるのではなく、自分のコンディションとマインドをよく見つめて最良の距離をベットしていく。結局はその方が記録も出るんですよ」
「あの場所にまた行きたい」
「その意味で強く印象に残ったのは、私とゼッキーニ選手が107メートルにベットした最終日、前日まで記録を競っていたアレンカ選手が一人だけ勝負を降りたことでした。
彼女が80メートルを申告しているのを知ったとき、私は『負けた』と思いました。私がかなり無理をして107メートルを申告していたとき、彼女は大会や勝負の雰囲気に惑わされず、今の自分が『いいダイブ』をできる選択をしていたからです。アレンカ選手は前日に105メートルを潜っていたのに、その日は80メートルのダイブをした後にすごく気持ち良さそうに海から上がってきました。3人の勝負とは関係なく自分のいいダイブをした彼女の姿に感動しました」
――今後、廣瀬さんはどのようなダイブを目指していくのでしょうか。
「やっぱり私は挑戦することが好きだから、世界記録は人生の目標であり続けます。でも、いまは『記録』そのものには、以前ほどは固執していないかな……。それ以上に大事なのは、自分にとっての『いいダイブ』をいかに作っていけるかどうか――と思っています。
記録への挑戦はもちろん興味深いものだけれど、私にとって1メートルでも先に潜ることは、未知の場所にたどり着き、未知の自分を発見することです。だって、70メートルを潜っていたときも、75メートルの場所に未知があった。うまく言えないけれど、新しい場所に到達するたびに新鮮な感覚があって、『あの場所にまた行きたいな』と私は感じ続けていました。だから、きっと先に行けば行くほど、いままで感じたことのない感覚がある。その先を見てみたい、感じたい。そんな思いがあるんですよ」