血流がだんだんと心臓に集中していく

フリーダイバーは普段の潜水トレーニングによって、水圧に耐えられる「幅」を強くしていく。水の中では水深10メートルで2倍、20メートルでは3倍の水圧が体にかかる。

「人間の肺は水深30メートルを超えると『ぺちゃんこ』になりますが、その水圧から体を守ろうとする反射反応が同時に起こります。なので、より深く潜るために、潜水反射をきちんと起こせるようにトレーニングで体を順応させ、高い水圧を受けても耐えられるようにしていくわけですね。

100メートルオーバーの水深を目指していくときは、『フリーフォール』が始まる30メートルを超え、40メートル、50メートルと潜るにつれて、心拍が下がっていきます。すると、心臓の音がはっきりと強く聞こえ、身体をめぐる血流がだんだんと心臓に集中していくのを感じます。

私はダイブするときにはリラックスして『眠った状態』を作り出すようにしています。40メートル以降からはキックの動きも止めて、身体の力を抜き、ただただ海の底へと落ちていく。そのときの感覚を言葉にすると、さっき言ったような『夢の中』という表現が思い浮かぶんですよ。

身体が何も重力をもっていなくて、静寂の中で心臓の音だけが聞こえ、手足の血流がだんだんと細くなっていく――。自分の身体を守るために手足の血流が、スーッと心臓や肺とか、重要な臓器の部分に集中していく。深さが増すに連れて血流の感覚がついに消えてしまうときは、自分が海に吸い込まれて、その一部になっていくような気がします」

2017年のバーティカルブルーで廣瀬さんが「ボトム」に到達した瞬間
2017年のバーティカルブルーで廣瀬さんが「ボトム」に到達した瞬間(「HANAKO」YouTubeチャンネルより)

「100メートル」に到達したとき、我に返った

2017年のバーティカルブルーの日、廣瀬はベットした「100メートル」の深度に到達したとき、「あ、ついた」と正気が戻るように思ったという。「ボトム」にはぼんやりとライトがつけられているため、暗闇の中で我に返ったのだ。

「感覚としては、そのままずっと潜っていきたいという気持ちでした。本当に『いいダイブ』に入りこめたときは、ロープが切れる『ボトム』がなかったら、きっとそのままどこまでも落ちて行ってしまうんだろうな、って思います。それまで眠ったような状態で海の底に向かっていて、初めて『あ、そういえば大会中だったんだ』と思い出してタグを取ったのを覚えています」

後編に続く)

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