出産は不思議でダイナミックで面白い

なぜ稲垣は、産婦人科医でありながら頭痛治療に携わろうと思ったのだろうか。それは稲垣の個人的な経験と関係がある――。

彼女が医師を志したきっかけは、子どもの頃に聞いた祖母の言葉だった。

「亡くなった祖父が弁護士だったので、この子は弁護士か医者にしたいという遺言を祖母が遺したんです。ずっとそれを聞かされて育ったので、理系のほうが好きだからお医者さんになろうかなと思って。

あと小学5年生の時に母が脳出血で数カ月入院したことも、大きな決め手になりました。産婦人科を選んだのは、学生時代から産婦人科の勉強が学問として一番好きだったから。出産は不思議でダイナミックで面白い、いまだにそう思っています」

筑波大学医学専門学群を経て、神戸大学医学部附属病院などの病院に勤務して多忙な日々を送るなかで、稲垣は頭痛に苦しめられるようになった。高校生の頃からの持病であった片頭痛が、多忙を極めた30代前半に悪化したのだ。

当時の職場には、代わりとなる産婦人科医がいなかった。毎日のように鎮痛剤を飲んでいると、症状はさらにひどくなった。

床に座ってこめかみを抑える女性医療従事者
写真=iStock.com/Chochengchannel
※写真はイメージです

「もう耐えきれなくて、甲南医療センター(旧・甲南病院)の神経内科で頭痛を専門的に診察している北村重和先生に診てもらったら、典型的な薬剤の使用過多による頭痛ですと言われました」

この出会いが、稲垣が頭痛専門医となるきっかけとなった。女性の片頭痛とホルモンの関係をよく知る北村から、頭痛専門医を取るようにと強く勧められたのだ。

「勉強したりレポートを書いたり、学会発表とかも手伝ってもらって16年前に取りました。今も付き合いがある、私の師匠なんです」

「片頭痛」と「緊張型頭痛」

慢性的な頭痛に悩まされているという人はとても多く、国民の4人に1人は頭痛持ちだとも言われている。

一言で“頭痛”と言っても、その原因や症状は人それぞれで大きく異なる。細かく分類すると、実に300種類を超える頭痛が存在する。その特徴から「1次性頭痛」と「2次性頭痛」という、大きく2つのグループに分けることができる。

頭が痛いことそのものが病気の頭痛を「1次性頭痛」と言い、片頭痛、緊張型頭痛などがこれに該当する。緊張型頭痛とは、頭が締めつけられるように痛くなる頭痛で、身体的・精神的ストレスが原因になるとも言われている。

それに対して「2次性頭痛」というのは、他の病気が原因となって起こる頭痛のことで、重篤なものだと脳腫瘍やくも膜下出血などの病気が原因で起こる頭痛のことを言う。

少し前までは、頭痛治療は「2次性頭痛」に対する医療のことを指した。原因が命にかかわる疾患の発見と治療が最優先で、それ以外の「1次性頭痛」は見過ごされがちだった。

「私がはじめに内科の先生に相談した時も、痛み止めを飲むしかないですねっていう感じでした。根本的に片頭痛を出なくするというのは、なかなか難しかったんです。でも3年前に画期的な新薬が出て、痛みをコントロールできるようになってきたので、状況は変わりつつあります」