このように雇用情勢が悪化している環境の下で、ウニクレディトのコメルツ銀行買収を容認すれば、ドイツ国民の感情を逆なでしかねない。ウニクレディトがコメルツ銀行を買収したところで、雇用整理が直ぐ行われるわけではないし、そもそも買収されなければ、コメルツ銀行の経営は立ち行かず、将来的に多くの雇用が失われる可能性は高い。
長期的に考えれば、コメルツ銀行は単独での存続は難しく、いずれ他の銀行によって買収される状況に陥っている。そして、買収後の雇用整理は必至である。それはショルツ首相やSPDも理解しているはずだが、一方でコメルツ銀行の問題を少なくとも総選挙までは先送りしたいという動機が強く働いていても、不思議ではない。
内向き志向を強めるドイツ
EU域外の国、特にEUが警戒する中国の銀行がドイツのコメルツ銀行を買収するのなら、たしかに経済安全保障上の懸念が強まるだろう。しかしイタリアの銀行であるウニクレディトがコメルツ銀行を買収することは、市場占有率との兼ね合い以外、特に問題はないはずだ。イタリアもドイツもEUのコア国であり、敵対関係にはない。
そもそもEUは、域内でのヒト・モノ・カネの移動の自由を保障している。そのため本来なら、域内においては、国をまたぐクロスボーダーM&Aは奨励されるべき事案である。にもかかわらず、ショルツ政権がウニクレディトによるコメルツ銀行を拒絶する姿勢は、ドイツが内向き志向を強めていることを良く物語っているといえそうだ。
他方で、こうした問題がドイツだけに特有の事情かというと、そうともいえないというのが今のEUの実情ではないだろうか。仮にイタリアの大銀行がフランスの大銀行に買収されるような事案が発生した場合、イタリアの世論はやはり強く反発するだろうし、逆のケースが生じた場合は、フランスの世論が強く反発すると予想される。
日本製鉄によるUSスチールの買収が米大統領選でやり玉になっていることも同様だが、大企業同士のクロスボーダーM&Aは、政争の具になりやすい。そうした機運がドイツのみならず、単一市場であるEU全体にも広がっているように見受けられる。こうしたことからも、EUの制度疲労の深刻さが窺い知れるところである。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)