兄の「ひとまずハンコ押して」を信じたら…
ケース3:兄に言われるままに遺産分割協議書に署名押印したら……
相談者Eさんの父親が亡くなり、四十九日法要で親族が集まったとき、Eさんは兄から遺産分割協議書を見せられ、こう言われたそうです。
「相続税の申告などをしなければならないし、こちらでさっさと手続きを進めたいと思っている。落ち着いたら遺産から1000万円を渡すので、ひとまずこれらに署名押印してくれ」
Eさんは「1000万円もらえるならそれでいいか」と兄を信頼し、言われるまま署名押印して印鑑証明書を兄に渡してしまいました。
ところが、1年経っても兄から1000万円の話が出てきません。そこで「あの件は……」と、尋ねたところ、兄から「そんな約束をした覚えはない」と言われてしまいました。
「1000万円もらえないなら遺産を法定相続分に従って受け取りたい」とEさんが言うと、兄は「もう遺産分割手続は終わっている」と言い放ち、Eさんが署名押印した「兄が遺産全部を相続する」と記載された協議書を見せました。
1000万円を請求することは難しくなった
Eさんはこの事態をなんとかしたいと思い私のもとへいらしたのですが、すでに遺産分割協議書に署名押印してしまっており、あとで1000万円をもらうという約束に関する証拠もまったくなかったので、遺産分割協議のやり直しや1000万円の支払いを求めることは難しいと判断せざるを得ませんでした。
兄は最初からEさんを騙すつもりだったのでしょう。遺産分割協議書は署名押印をする前に記載内容をしっかり確認する必要がありますし、遺産分割協議書に書かれていない口約束を簡単に信じてはなりません。いくら信頼している相手でも目的があいまいなまま実印や印鑑登録証明書を渡すのは避けるべきです。
そもそも通常、1人の相続人が遺産全部を相続したあとに他の相続人へ贈与する行為にメリットはありません(遺産から1000万円渡すと決めるのであれば、それを遺産分割協議書に記載すればよいだけの話です)。