実の娘に産ませた子を「出て行くなら始末してやる」と脅した父親

殺害の直接のきっかけになったのは、娘のAに恋人ができたことである。Aは父親のXに家を出て結婚する希望を伝えると、Xは激怒してAをなじった。一審の判決文からそのときのさまを引用する。

《「俺は赤ん坊のときに親に捨てられ、十七歳のとき上京して苦労した。そんな苦労をして育てたのに、お前は十何年も俺をもてあそんできて、この売女」》
《「男と出ていくのなら出て行け、どこまでものろってやる」「ばいた女、出てくんなら出てけ、どこまでも追ってゆくからな、俺は頭にきているんだ、三人の子供位は始末してやる。おめえはどこまでものろい殺してやる」》

そしてXが飛びかかってきたのを逆に押し倒し、股引きのヒモで絞殺した。直系の父母、祖父母を殺害する「尊属殺人」である。

「私らはXさんとAさんはてっきり夫婦だと思ってたよ。事件が起きて親子だと知ってびっくりした」

私が見つけた当時の記憶を持つ人はそう語った。

「貧しかったから、近所の人がよく畑で取れた野菜をあげていた。Aさんもそのお返しで畑の草むしりとか手伝ってたよ。Aさんは体格がけっこう良くて、器量よしだった。ああいう悲惨な生活を送っていたとは思えなかったな」

尊属殺人罪の重罰規定は違憲無効との判断を示した最高裁大法廷=1973年4月4日
写真提供=共同通信社
尊属殺人罪の重罰規定は違憲無効との判断を示した最高裁大法廷=1973年4月4日

ドラマと同じように、娘は一見そう見えない明るい人

事件の悲惨さが明らかになるにつれ、地元ではAに同情が集まっていった。裁判所に証人として呼ばれた近所の人の中には、「Aさんが可哀想だ」と泣き崩れる人もいたという。

「それはみんな同情するよ、人を殺したのはいけないけれど、ああいう父親だし……」

ドラマでは実母が「家の中にある金目のもの」をかき集めて山田轟法律事務所に駆け込んでいるが、実際はリュックに詰めたじゃがいもの山だった。弁護士料をじゃがいもにすると、逆に劇的過ぎて避けたのかもしれない。

実際に弁護を担当したのは、大貫大八・正一弁護士の親子。のちに父親の大八さんが死去し、正一さんがひとりで担当した。

ちなみに大貫弁護士はAの印象について、

「暗いところがないんだよね。はっきり喋って、素直な女性という印象でした。あと記憶力が抜群に良かった」

と私の取材で語っている。ドラマでも美位子はとても殺人事件を起こしたとは思えない明るさで、これは実際に寄せているのかもしれない。