廃校になった小学校でウイスキー造りを決意

ウイスキーの蒸留所を造ると決めてからは、有巣氏は候補地を求めて全国を探し回っていた。しかし、資金面の問題もあり、これだと思えるような場所はすぐには見つからない。有巣氏は自分の中で、次第に焦りが大きくなっていくのを感じていた。

そんなときに思いがけない知らせが飛び込んでくる。地元の知人から高根地区に廃校となった小学校の校舎が残されていることを教えてもらったのだ。

早速見に行ってみると、想像していた以上に良好な状態で残されており、当時の想い出がいたるところで感じられる施設であった。そして、ここにはウイスキー造りに必要な要素がすべて揃っていた。山奥の過疎地なので広大な敷地があることに加え、豊富な水源、きれいな空気、寒冷な気候を兼ね備えている場所だったのだ。

飛騨高山蒸溜所は、北は乗鞍岳、南は御嶽山に囲まれた自然豊かな環境の中に佇んでいる。
写真提供=舩坂酒造店
飛騨高山蒸溜所は、北は乗鞍岳、南は御嶽山に囲まれた自然豊かな環境の中に佇んでいる

建物も頑丈な造りであったため、これから先も長期間使える計算が立った。校舎をリノベーションして使うことで、建物や設備の初期投資コストを大幅に抑えることができる。

さらに、小学校のすぐ近くには中部電力の高根第二ダムがある。このダムは国内でも十数基しかない中空重力方式という珍しいダムであり、コンクリートの使用量を抑えるために内部が広い空洞になっている点が特徴である。この空間を利用して、ウイスキーを貯蔵できることもわかった。

「通常この規模の蒸留所を新規に立ち上げようとすれば、最低でも5億、土地の取得まで含めれば10億近い費用が必要になると思います。今回は小学校の校舎を活用することで、約3.5億と大幅に費用を抑えることができました」

またなによりも、地域に残った宝(地域住民の想い出の地)を使ってウイスキーを製造できるということが、地域に生きる我々らしいウイスキー造りをすることができる。

「飛騨高山の名にふさわしいウイスキーにしたい」と考えていた有巣氏は、地域の想い出がたくさん詰まったこの施設を使って、高山発のウイスキーを造ることを決意する。

クラウドファンディングで寄付を呼び掛けると…

3.5億円に費用を抑えたとはいえ、資金はあるに越したことはない。有巣氏は2022年3月末、クラウドファンディングで資金を募ることにした。問題は、ほかの蒸留所との差別化だった。

近年はブレンド技術や品質の高さからジャパニーズウイスキーの人気が高まっており、輸出を中心に需要が拡大している。2020年以降はウイスキーが日本酒を抜いて日本産酒類の輸出額でトップを占めている。

背景にあるのは異業種からのウイスキー事業参入だ。2014年に全国で9カ所だった蒸留所の数は、2022年当時で計画段階のものを含めると70カ所を超えることが見込まれていた(筆者注:2024年4月時点では114カ所に増加)。