一方でウイスキーは時間の経過がそのまま価値となる。蒸留が終わった直後のウイスキーは無色透明であり、アルコール度数も高い。この状態から原酒を樽に詰めて貯蔵することにより熟成が進んでいく。
時が経つにつれてアルコールに樽材の成分が溶け出すことで、ウイスキー独特の色合いや味わい、そして香りに変化していく。
有巣氏はウイスキーについて考えるうちに、日本酒と全く相反しながらもシナジーがあるビジネスであることが、かえってとても魅力的に思えるようになった。
「コロナの時期に自分は在庫を抱えてあれだけ苦しんだのに、ウイスキーは世の中にコロナが蔓延している間も価値が上がり続けていたのです。これってすごいと思いませんか。一時的にキャッシュが入ってこなくなりますが、その後何年か経てば何倍ものキャッシュが入ってくる可能性があるのです。だから、そこをきちんと管理できればビジネスとして十分に成り立つのではないかと思ったのです」
相互に補完し合える関係
日本酒は新鮮さが売りのビジネスだが、ウイスキーは時間の経過が価値になるビジネスである。両方のビジネスを持つことで相互補完ができ、外部環境の変化にも対応できる強固な事業展開ができるのではないかと、有巣氏は考えるようになった。ウイスキー造りについてまったく知見はなかったが、それでもやってみたいという思いはますます高まった。
すぐに有巣氏は、三郎丸蒸留所の稲垣氏にぜひ教えてほしいと頭を下げた。稲垣氏からは「人生をかけることになるが、それでもいいのか?」と聞かれた。それぐらいキャッシュフローが長いビジネスなので、自分の身を投じてやるくらいの覚悟が必要になる。
そんなに甘い世界ではないと言われたが、それでもやりたいと答えた。元々日本酒を同じ覚悟でやってきたので、ウイスキーでも同じだと思い有巣氏に迷いはなかった。
「自分が日本酒で同じように電撃が走った体験や、自分の子供たちの世代にバトンを繋いでいくために、高山発のウイスキーを造りたいという話をしました。そこから一気に事業計画を策定し説明したのです。そうしたら稲垣さんも自分の想いに共感してくれたようで、最後には『仕方がない、あなたには教えましょう』と言ってくれました」
そこからは着々とウイスキー造りに向けて取り組んでいった。事業化にあたっては、設備やブレンダーなど技術的な課題が多い。最大の課題は資金調達だった。初期投資に億単位の費用が必要となる。これにコロナ対応の貸付制度や事業再構築補助金などを最大限に活用することを考えたが、まだまだ足りなかった。