丸2年、左手でお箸を持ってごはんを食べた

あらゆる技術にはコツがあり、上に引っ張るより手前に引っ張ったほうが速く進む、なんて知識も覚える必要があった。僕は手術の教科書を繰り返し読み、手術中に外科医に質問をし、手術が終わったらまた質問をしてノートにまとめた。タカハシ先生の縫い方はこう、オオハシ先生はこう、と外科医によってやり方が違うのだ。まるで受験勉強のようだ、と思った。

さらに、手先が器用になること。手先の器用さは、人によって違う。小さい頃からとても器用な人がいる一方で、どう考えても外科医をやらないほうがいい著しく不器用な人がいる。最初に言ったように僕は中の上くらいだったから、とにかく練習をした。

でも、学生と違って仕事をしているから、時間は限られている。

そこで、僕は休みの日にも家で練習をし、出かけていても電車の中で練習をした。

「糸結び」という、一人前の外科医なら誰でも高速かつ確実に糸を3〜4回結ぶ技術だ。

これならそれほど怪しくはない。

さらに、左手でお箸を持ってご飯を食べることにした。食事の時間がトレーニングになり、時短効果も高い。おまけに最初は全然上手に食べられず、ストレスで食事量が減ってダイエットにもなった。

丸2年やってなんでも食べられるようになり、自分へのご褒美に鰻丼を食べて終わりにした(たぶん、鰻丼が一番難しい)。「左手お箸トレーニング」は僕が出した手術の教科書にも練習方法として載せた。

鰻丼
写真=iStock.com/flyingv43
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媚を売って上司に気に入られるのは嫌だった

この三つだけでは、もちろん手術ができるようにはならない。あとは、上司が「中山にやらせてみるか」と思わなければならない。

誤解のないように言っておくが、手術は主治医の責任のもと、安全にやれると判断した場合にのみ若手に執刀させ、主治医は指導をしてその結果の全責任を負う。

僕を含む若手は、どうしても執刀したい。しかし手術の数には限りがある。

僕は、どうやったら上司が「中山にやらせてみるか」と思うだろうか、と想像した。これが戦略を練るということだ。

まず、上司に気に入られる必要がある。簡単ではないが、仲が良くなるのが理想だ。

おべっかを使い、上司に媚びを売っておもねる方法はある。だが、僕はそのやり方が嫌いで、どうしてもやることができない。

でも、物怖じせず上司にどんどん質問したり話しかけたりする度胸はあった。

これだ。僕は上司にガンガン質問をし、飲み会では積極的に話しかけ、「なんで外科医になったんですか」から「奥さんはどんな人なんですか」までなんでも尋ねた。

自然と僕は上司の外科医たちと仲が良くなった(中には、中山は生意気だと嫌う人ももちろんいた。当時の外科医の中には、とにかく従順さを重視する人が少なくなかった)。

それだけで手術を執刀させてもらえるわけではない。加えて、熱意を見せることだと僕は考えた。

上司が、「中山はこれだけ頑張っている、やらせないわけにはいかない」と思わざるを得ないような熱意だ。