日本人は死ぬことを恐れすぎ

コロナが流行したときに痛感したことなのですが、日本人は人の死をひどく恐れている。「そもそも、人間は死ぬものなんだ」という当然のことが忘れられている気がしました。

テレビメディアが毎日のようにコロナは怖い、恐ろしいと煽り立てたせいもありますが、コロナを必要以上に怖がって、死なないで済むならと、行きたいところへも行かず、レストランで好きなものを食べたり会いたい人と会って話をしたりという基本的人権を放棄した人が大量に現れた。

データを見れば、日本のコロナによる致死率は約0.2%です。死亡者の総数は、6万1281人(2020年1月以降〜2023年1月12日現在、厚生労働省が集計したデータより)で、その80%以上が70代からです。

もっと詳しく言えば、コロナで亡くなった人の多くは高齢者のなかでもとくに弱い高齢者、つまり免疫力がかなり落ちた基礎疾患のある90歳以上や要介護5の人が多く、元気な人や若い人たちはほとんど亡くなっていないわけです。

コロナに限らず、どんな病気であっても、高齢者のほうが重症化するリスクや死ぬリスクが高いのはしかたのないことです。

たとえば毎年、インフルエンザとその関連死で1万人ぐらい亡くなっていますし、風邪をこじらせて亡くなる人も2万人ぐらいいます。風呂場で亡くなる人も年間1万9000人いるわけです。

しかし、それらのほとんどが高齢者です。つまり年を取るというのは、死ぬ確率が高くなるということなのです。

今日生きていることがすごくラッキー

私は、高齢者専門の精神科医として、20代後半から多くの高齢者と接してきました。診察した患者さんは6000人以上、介護の場や講演会など病院以外も含めると、診てきた数は1万人を超えるでしょう。

最初は浴風会病院という高齢者専門の総合病院に勤めていました。

300床ほどの病院で、毎年、およそ200人が亡くなっていく。在院者の平均年齢が85歳ぐらいですから、風邪をこじらせて肺炎になるとか、食事中に誤嚥を起こすとか、ちょっとした病気でも亡くなる人がいっぱいいるわけです。

その経験が、「人間はしょせん死ぬものなんだ」という人生観を私に与えてくれました。

いま日本では、90歳以上の人が260万人、寝たきりの要介護5の人が約59万人います。表現は悪いけれど、ちょっと背中を押しただけで亡くなる可能性のある人が、結構な数でいるわけです。

病院のベッド
写真=iStock.com/LightFieldStudios
※写真はイメージです

260万人の90歳以上の人が、元気に生活をしていたら急に死ぬことはありませんが、ちょっと重い風邪をひいたら死ぬ可能性がある。

59万人の寝たきりの人も、褥瘡じょくそう(体重で圧迫されている場所の血流が悪くなり、皮膚がただれたり傷ついたりする状態)などができない限りは命に別状はないけれど、もしできて感染症にかかったり、誤嚥性の肺炎を引き起こしたりしたら、そのまま亡くなっても不思議ではありません。

長年、高齢者専門医として多くの高齢者に接してきた私にしてみると、90歳以上の方や寝たきりの方が、今日生きていることはすごくラッキーなことなんだと、感じざるをえません。

いま元気で意識もクリアだから、すぐ死ぬというイメージはわかないかもしれないけれど、風邪であっても死ぬ可能性はかなり高いのです。