痴漢行為を楽しむ男性から「自衛」を求められていた女性たち

このように、1980年代以前の痴漢は、男性にとっては「文化」や「娯楽」とされることがあり、女性は「自衛」という個別的対応が求められた。しかし、1990年代後半以降、痴漢は「犯罪」として広く認識され、取締りも活発化した。鉄道治安が改善されるなかで、法律的規範から慣習的規範へ秩序維持の比重が移った。しかし、痴漢という「逸脱行為」に対する認識・対応に関しては、そうした流れとは逆に、慣習的規範から法律的規範のレベルに引き上げられたといえるだろう。

満員電車
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さらに2000年代以降、『それでもボクはやってない』という痴漢冤罪をテーマにした映画が話題になっている。そのため、痴漢の被害のみならず、痴漢の冤罪も電車のなかのリスクとして認識されるようになっている。それにともない、電車において「男性と女性」のあいだのコミュニケーションで気を付けなければならないことが増え、警戒レベルが上がっていった。

電車内での化粧問題の浮上と沈静化もこうした流れなのかで理解することができるだろう。むしろ、消臭剤や制汗剤のCMでみられるように、男性のほうが体臭に関して女性に気をつかうべきとされる場面もみられるようになっている。女性の社会進出とジェンダー秩序の再編のなかで、男性中心の20世紀的「サラリーマン文化」の象徴であった通勤電車のありかたもまた、大きく変化していったのである。

【図表1】電車内で痴漢にあった人の性別・性自認
出典=東京都「令和5年度 痴漢被害実態把握調査報告書」 2023年8月実施のWEBアンケート調査。回答者は一都三県在住の16~69歳、回答数は被害者調査が約2000件、第三者は約1000件

2009年、埼京線から設置され始めた防犯カメラの抑止効果

2000年代以降、テロ・性暴力対策のために電車への導入が大きく進んだのは防犯カメラだろう。1990年代から新宿駅などの構内では防犯カメラの設置がはじまっている。ただし、新幹線・特急電車の車両に設置があったものの、通勤電車で初めて防犯カメラが設置されたのは2009年12月のJR埼京線であるとされる。埼京線は痴漢が多いことで有名でもあった。

基本的に防犯カメラは、映像の「記録」による逸脱行動の「抑止」、およびその後の捜査の「証拠」として用いられることが期待されている。実際、防犯カメラ設置以降、痴漢などの性暴力は減少したという。ただし、その後、防犯カメラが設置されていないところ、死角になりそうなところを探して行為におよぶものが現れ、ふたたび微増しているという報道もある。