11万画素のカメラを備えた重さ74gの「J-SH04」が完成

高尾は、祈る思いで端末の完成を待っていた。カメラがきちんと収まるのか。撮影した写真の色合いをきれいに表示できるのか。不安は尽きない。難しい要求をしていることは承知の上で、山下を信じるしかなかった。

出来上がった携帯電話は、縦12.7センチ、横3.9センチ、厚さ1.7センチ、重さ約74グラム。半年前に発売された一つ前の機種と、サイズも重さもほぼ変わらない。凹凸のない滑らかな背面に11万画素のカメラを備えた携帯電話が、ついに完成した。

2000(平成12)年11月1日、世界初のカメラ付き携帯電話J-SH04は、発売された。若い世代から人気に火が付き、わずか1年で300万台を売り上げた。他社も次々に後追いする大ヒット商品になり、J-PHONEは業界第2位に躍進した。

J-SH401の背面カメラ、自撮り用のミラーがある
写真提供=「ケータイWatch」
J-SH401の背面カメラ、自撮り用のミラーがある

「写メール」が流行語になり、J-PHONEは業界第2位に躍進

携帯電話で撮った写真をメールに添付して送るサービスは、翌年「写メール」と名付けられ、社会現象を巻き起こした。ほかの通信キャリアのユーザーも、携帯電話で写真を撮って送ることを「写メ」と呼ぶようになった。J-SH04の発売は、携帯電話や通信の歴史のみならず、日本語や文化にもその影響が刻まれる出来事となっていった。

崖っぷちだったシャープのパーソナル通信事業部は、J-SH04のヒットによって、一気に高収益の部署に躍進を遂げた。

背水の陣でJ-PHONEとの共同開発を始めてから、約3年が経過していた。事業部廃止の危機から部下たちを守り抜いた山下の胸にあふれたのは、無理難題にしか思えなかった開発をやり遂げた宮内への感謝だった。

「宮内にはね、いろんな意味で助けられました、ほんとに。感謝以外のなにものでもないです」

ただ、それを宮内本人に直接伝えたことはない。宮内も、聞いた記憶はないという。上司と部下が、互いに自らの仕事と責任を全うした。2人にとっては、それだけのことだった。

成功の立役者となった宮内は、完成した時の感慨を問われると、拍子抜けするほどあっさりした答えを返した。

「やったね。はい次行くぞ、なあ宮内君。そんな感じです」

半年も一人で試作室にこもって苦労したというのに、感動で涙することも、達成感で高揚することもなかった。しかし、その反応にこそ、宮内の人生に通底するものづくりの精神がある。