危機感をあおる巧妙な手法

そして次に②の「視聴者の不安をあおることができる」であるが、それは最近のテレビ番組の傾向からも見て取れる。人々の「不安」をあおるような報道や番組が増えているのだ。

それはコロナ禍で顕著に現れた。当時目立ったのは、ワイドショーなど情報番組における過剰に「危機感をあおる」報道だ。「対応が遅すぎる」「医療は崩壊の危機を迎えている」といった表現が多用された。このほとんどが高齢の視聴者が多い番組でおこなわれた。

危機感をあおるテレビの手法は巧妙である。不安をあおるだけあおって、そのあとにその「不安」を解消するかのような(本当に解消できているかどうかは誰にもわからない)番組運びをするのである。いわゆる「視聴者の期待に応えている」というアピールをしてゆくわけだ。

「みなさん、こんなに感染者が増えています。出歩かないようにしましょう!」
「なんでPCR検査を受けられないんでしょうね! 不安ですよね? いますぐ受けたいですよね!」
「お年寄りは気をつけているのに、若い人は自覚がないですねぇ」
「政府はどういう対応をしているんでしょうか!」

不安をあおるだけあおって、「だからこうしたほうがいい」と語る内容には何の根拠もない。視聴者は大衆心理の塊である。不安に思っていなかったことも、「不安ですよね?」と尋ねられると「そうだ」と答える。そして自分の不安を代弁してくれているのだと思い込むのである。

テレビのリモコン
写真=iStock.com/TOLGA DOGAN
※写真はイメージです

視聴者の留飲を下げる

「不安ですよね?」と問われて、「いえ、私は何の不安もありません!」と言い切れる人はなかなかいない。そんな心理をよくわかっていて利用しているのが、テレビ番組なのである。

テレビで自分の不安をかたちにして放送してくれているのを確認できると、視聴者は「あぁ、私だけではない。みなも不安なんだ」と安心する。「赤信号みんなで渡れば怖くない」の心境だ。

そしてテレビは最終的に「政府の施策が悪い」「自治体の対応が遅い」と体制を責める論調に持ち込み、不安を解消するかのように思わせる。

かといって、テレビが政府や自治体に施策や対応を変えるように働きかけをすることはない。庶民とは次元が違う体制批判なので、批判をするだけで終わり。視聴者の溜飲を下げることだけが目的なのだ。

こういった「恐怖や不安をあおる番組」ほど、視聴率を獲る。しかし、「恐怖や不安をあおる番組」は、コロナ禍から始まったわけではない。これはテレビの特性なので、昔からあった傾向だ。それがコロナ禍で顕著になっただけのことである。

そして、「恐怖や不安をあおる番組」の最たるものが「警察密着モノ」だと言える。まさに視聴者感情とテレビ局の思惑が合致した、都合のいい番組だ。それが、テレビ局が「警察密着モノ」を好んで流す理由である。