植民地支配の歴史に詳しい誰かがディレクションしたはず
先ほど述べたように、「コロンブス」MVでは、白人の開拓者が、南洋の先住民の家に土足で上がり込み、猿人たちに、文字を、器楽を、騎馬を、練兵を教え、奴隷のように人力車を引かせ、また猿人の色の濃さで区別して使役し、バッファローの角飾りの前で知識をひけらかし、テレビの中の猿人同士の殺し合い(「モンキーアタック」というタイトルのビデオテープ)を鑑賞し、コカ飲料を飲んで娯楽とする。そして飽きたあと乱暴にドアを閉めて立ち去るが、そこにはラジオが残されており、引き続き白人の情報が入ってくる仕組みが設置されている。
東京都出身で現在はアメリカ在住、ネイティブアメリカン・ユロック族の男性と結婚した亜希ダウニングさんは、MV中の映像「モンキーアタック」について、こう指摘する。
「2匹の類人猿のうち1匹は負傷していて倒れている。その類人猿を抱きかかえるもう1匹の類人猿。これ、負傷した類人猿は白いハチマキを、抱きかかえる類人猿は赤いハチマキをしているんです。もう気づいた方もいますね。
白いハチマキ=白人、赤いハチマキ=ネイティブアメリカン
もうこの色分けはアメリカでは定番中の定番。
しかも白いハチマキをしているのは少し白い類人猿、赤いハチマキをしているのは茶色の類人猿なんです。」
(先住民目線で語る、Mrs. Green AppleのMV「コロンブス」問題)
これほどまでに植民地支配の歴史に「忠実な」アイコンを散りばめてビデオをつくるには、実作業にあたった監督か脚本家がこのように意図しなくてはできなかったはずだ。わたしはとりわけ、テレビの画面の中の殺し合いを、安楽なリビングでコカ・コーラを手に眺める、という場面は、ガザの虐殺が続く裏側でアメリカではスーパーボウルやメットガラという華やかな行事が行われていたことを連想させ、これは痛烈な皮肉なのか一体なんなのか、と胸が痛くなった。
このままでは日本の意識の低さが海外で問題になる
このMVをこのようにつくり込んだ人間は誰なのかわからず、今回の件でまったく声明は出していない。だが、こんなビデオをつくるのなら(歴史批判自体はまったく自由だとわたしは思う)それがアーティストの世界観や楽曲のメッセージ、また今回はコカ・コーラのタイアップ曲だったのだから、クライアントの意向に合致しているかどうかを確認しながら実行すべきだ。
今回の件は、日本の人気バンドが差別表現の入ったMVを発表した、とBBCのニュースにもなった。外交問題にも発展しかねないデリケートなイシューを弄んでいるのである。このように植民地主義や先住民迫害の歴史を暗喩するアイコンを、意図もはっきりさせず、声明も出さずに、いたずらに散りばめるようなものづくりは、ステークホルダーの多いクライアントワークではなく、自身の「作品」ですべきことだろう。