ベネッセとかから配布されるやつ

震災をきっかけに調べてみた職業。NGOで働いてみたいと語った三瓶さんが答えてくれた。

「ぼくは、ボランティア系のそういう活動してる団体をけっこう調べました。あと、高橋歩(あゆむ)さんのこととか。なんか『しりとり』みたいなかんじに次々と」

高橋歩、1972年生まれ。出版社を経営する実業家だが、肩書は「旅人」がいちばん的確だろう。現在、家族4人で無期限の世界一周旅行中だ。インドやジャマイカで子どもを支援してきた「NPO法人オンザロード」の理事長でもあり、同法人は現在、東日本大震災の復興支援も行っている。

三瓶さん、それまでは、世の中の職業を調べてみようとは、あまり思わなかった?

「学校で『調べてみろ』とか、そう言われてみないと調べられなかったかもしれない」

日大東北高にも、将来の進路について考えるカリキュラムが用意されている。社会人を招いての講演会も行われている。三瓶さんが職業を調べた直接のきっかけは、そのようなカリキュラムだったという。こちらの耳が立ったのは、丸山さんが話してくれた、そこで使われる資料のことだ。

「職業がいろいろ書いてある冊子を渡されるんです。ベネッセとかから配布されるやつ。その職業に就くには、専門学校とか4年制大学とか、どこに行けばいいかとか、どんな資格を取ればいいかとか書いてあって」

「ベネッセとかから配布されるやつ」、すなわち既製品だけで、高校生1人ひとりが「将来、何屋になりたいか」を考えるための情報が足りるとは思えない。大人の側が、今よりもっと多く、職業の情報を提供しないと、高校生たちは大学を選べないのではないか。すると、嶋田さんがこう話し始めた。

「それ、言っていいですか。単にそれは、自分が調べないだけであって、先生に頼るのはただの甘えでしかないと思う。高校生、自分で調べようと思えば、限界値はないと思いますよ」

なるほど正論だ。ここで、こちらの宿題がもうひとつ増える。高校生に自己責任を求める場合の”前提水準”は、どのあたりに設定すればよいのだろうか。たとえば職業のことを調べようと、ウエブブラウザを開いたとする。だが、検索窓にことばを入れない限り、検索エンジンは動かない。そのとき必要なことばを獲得することも、すべて高校生の自己責任なのか。それとも。

次回は、この連載取材で訪れた最北端の街、三陸海岸の久慈市で3人の高校生の話を聞く。

(明日に続く)