ストレスは、仕事や生活が思い通りにならないときに感じる。「仕事や生活の環境を変えればいい」と言われることもあるが、それができれば苦労はしない。「お釈迦様は四苦八苦と言っていますが、人が生きていくうえでは避けては通れない根源的な苦がたくさんあります」と臨済宗建長寺派林香寺の住職でもある川野氏は話す。

過度なストレスは、自律神経の乱れにつながる。自律神経は交感神経と副交感神経に分かれ、活動的になる昼間は交感神経が優位になる。反対に休息モードになる夜間は、副交感神経が優位になり、眠気が起きやすくなる。夜になっても交感神経が優位な状態が続くと眠れなくなる。過度なストレスで眠れない場合には、自律神経の乱れを解消する対処法が必要になる。

「自律神経を整えるには、体に刺激を与える時間と休ませる時間をつくってメリハリをつけることが重要です。その方法として私はモメンタム(心の勢いづけ)の活性化を勧めています」(川野氏)。たとえば、午前中にアップテンポの音楽を聴きながら体を動かして体に刺激を与えることでモメンタムが高まる。朝はコーヒーを入れてヒーリングミュージックを聴きながらゆったりと過ごすのもリラックスには良いだろう。しかし忙しいビジネスパーソンにとってはそれよりも活性化のほうが求められるというわけだ。

体の異常によって睡眠の質が悪くなるケースには、さまざまな病気が考えられる。睡眠時無呼吸症候群もその代表例だが、病気が原因であれば専門医に相談して治療を受ける必要がある。ただ、更年期障害が不眠の原因になっていることもある。更年期障害は女性ホルモンや男性ホルモンの分泌が減ることで起こる、さまざまな症状を指すが、自律神経の乱れにつながり寝つきが悪くなり、中途覚醒を引き起こしやすい。更年期障害が不眠の原因であれば、ある程度は自分でも対処できる。環境は、寝具の選び方や温度の工夫で調整ができる。

深い眠りには脳疲労が必要

原因別の対処法を実践する前に「質のいい眠りとは何か」を知っておきたい。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授の林悠氏によると、「脳幹と視床下部に睡眠のスイッチがあることがわかっています」という。

睡眠の覚醒リズムに影響を与える要素は、神経系では主に2つある。1つは、脳の中にある睡眠中枢。いくつかの神経細胞の回路だが、これがスイッチのような働きをして「起きている状態」「ノンレム睡眠の状態」「レム睡眠の状態」を切り替えているという。このスイッチは脳の他の部位が操作しているため、そこに何らかの影響があると、睡眠覚醒がうまくいかなくなる。

もう1つは末梢神経。末梢神経には大きく3種類ある。感覚を受容する「感覚神経」、骨格筋をコントロールする「運動神経」、内臓などをコントロールする「自律神経」だ。

「このうち、自律神経が非常に重要で、末梢から睡眠スイッチを操作する重要な要素と考えられています」(林氏)

また、眠気は主に2つのファクターで決まるという。1つは前述の体内時計で、もう1つは「どれだけ脳を使ったか」だという。

「起きている間に脳に疲れが蓄積しているほど、深い睡眠を促す駆動力になると言われています」(同)

ただ、日中のどんな活動が脳に疲れを蓄積し、睡眠を駆動するかははっきりわかっていない。林氏が考えるのは、社会的なストレス。他人と接触する、特に初対面の人と接触するときは、頭を一生懸命に使って、相手とコミュニケーションをとろうとする。人によってはストレスと感じていないかもしれないが、脳の疲労を蓄積する1つの刺激と考えられる。