人生を変えた3年前の昼寝

72歳になった武さんは、営業時間中にお店で昼寝をしていた。いつも来る客の数は0人~3人。マイペースに営業を続けていたところ、見慣れない若者が訪れた。話を聞くと「取材をさせてほしい」という。

これが、中京テレビの「オモウマい店」ディレクター、川添光由さんとの出会いだ。「人生が変わったよ」と興奮を交えて話す。

「オモウマい店」ディレクター、川添光由さんとの出会いだ。「人生が変わったよ」と興奮を交えて話す
筆者撮影
「オモウマい店」の川添光由ディレクターとの出会いを振り返る。

「中京テレビって言うもんだから、地方のテレビ局だと思った。で、軽い気持ちで取材を受けたら、4チャンネル(日本テレビ)で放送されますときたもんだ。それでもさ、まったく期待はしていなかった。いつもと同じやり方でうなぎを出しただけだからな。でも、反響がすごかったんだ」

テレビが放映された翌日、営業前の時間にもかかわらず、店の前には10台の車が並んでいた。オープンすると座敷にある4つの席は即座に満席。さらに、外の車の列は伸びた。

「なんだこれは!!」

見たことのない光景に驚きを感じた。ただ、仕入れているうなぎは15匹のみ。少ない人数にしか振る舞えない。すぐに売り切れになり、並ぶ人たちに声をかけて回った。

「もう終わりだよ」

「また明日来るので開けてください!」という客もいた。

「オモウマい店」の反響は続いた…

声をかけた人は翌日にも訪れた。そして、次の日も、その次の日も行列は途切れず、「オモウマい店」の反響は1週間近く続いた。なかには九州地方から来たという人、大阪から来たという人もいた。帰郷してから太田から離れたことのない武さんにとって、その人たちとのやり取りは刺激的だった。

「遠くから来た人たちに近所の安いホテルを紹介したんだ。ずっと地元にいると、こんなやり取りしねえよな。新鮮だったよ。正直、少しの間は大変になるかもしんねえと思ったんだ。ただ、テレビを見た人たちは、俺のやり方を知っているから、大切にしてくれるんだ。洗い物を下げてくれるし、売り切れと言っても受け入れる。本当にうれしいよな」

職人生活で培われた芯を持ちつつも、親戚のおじさんのような親しみやすい雰囲気の武さんの元には多くの人が訪れる。地元の常連もいれば、テレビを見た人もいる。その多様さに触れられることを楽しく感じている。

地元の常連との会話は、ライフステージの変化を実感できるのが醍醐味だ。その人の感情の吐露を聞くと子どもの成長を見るような温かい気持ちになる。

「長いこと続けているとよ、昔話も出てくるわけだ。子どもが独立して、孫ができたりさ。若い時に、親父の文句ばかり言っていたやつが、ふと思い出をつぶやくこともある。地味だけどいい親父だったなと。そういうのを聞けるのはいいよな」