10~20パーセントの子どもは発達障害の傾向がある

97年9月、前垣はアメリカのクリーブランドクリニック財団病院の神経内科、てんかん部門(通称・てんかんセンター)に留学した。この時期、薬物治療に加えて、発作の原因となる領域を外科手術で取り除くという治療法がとられるようになっていた。

とりだい病院でも手術を行なっていたが年に数件。前垣によるとクリーブランドクリニックのてんかんセンターには「桁が二つ違うぐらいの患者」が集まっていたという。

開頭による外科手術を担当するのは脳外科の医師である。前垣たち、神経内科医は、脳波を精査し、どの部位から発作が起こっているのかを見極め、外科手術を行うかを判断する。

アメリカで最先端の知見に触れたことは前垣の自信となった。約1年間の留学後、とりだい病院に戻り、2004年に鳥取大学医学部准教授、2014年に教授となった。

後進を指導する立場になった前垣が注力しているのは、治療に加えて、てんかん、そして発達障害児とその家族を支える人材の育成である。

発達障害は自閉スペクトラム症、ADHD(注意欠陥多動症)、限局性学習症(学習障害)などの総称である。発達障害の傾向がある子どもは全体の10から20パーセントに及び、とりだい病院のある鳥取県では5パーセントが病院に通う。

とりだい病院のある山陰地方に限らず、日本、そして世界中で増えていると前垣は言う。

「確実なことは幼児期にスクリーニング、つまり早期発見できるようになったこと。そして以前ならば、放っておかれた疾患を診断できるようになった」

ビデオゲームをする子供
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アスペルガー症候群の大物起業家たち

発達障害と“個性”の判別は難しい。

テスラ、スペースXなどの起業家、イーロン・マスクはテレビ、自著等でアスペルガー症候群であると公言している。アスペルガー症候群は知的障害を伴わないが、コミュニケーション能力に特異性が認められる症状を指す。自閉スペクトラム症の1つとされている。

自閉スペクトラム症は言葉や言葉以外の方法、表情、身振りなどで相手の考えを読み取る、自分の考えを伝えることが不得手。特定のことに強い興味、関心、こだわりがあるという特徴がある。

「スペクトラム」という単語が発達障害の特徴を表している。スペクトラムとは元々光学、物理学で使われ、連続体、範囲の意だ。自閉スペクトラム症は「健常」から「強い自閉傾向」までつながっており、健常、疾患という線引きができない。つまりすべての人間がなんらかの自閉症の傾向を持っているということだ。

だからこそ、前垣たちは「特性」という言葉で表現をする。

「そのまま受け入れるという環境であれば、特性のある子は比較的安定して物事をこなすことができる。ただ、受け入れる側がこうしなければならないと考えてしまうと、できないところだらけに映ってしまう。でも特性のある子たちは、やろうと思って努力しているにもかかわらず、です」

発達障害には、てんかんのような外科手術の治療はない。

「ADHDに関しては治療薬がありますが、自閉症、学習障害にはない。我々にできるのは、社会生活、家庭生活で何らかの困難がある特性のある子どもを、本人なりの努力で困らないようにすること」

鍵となるのが親である。