モダニズムにアール・デコを取り入れた作品としては、たとえば1932年にできた「フィラデルフィア貯蓄銀行ビル」があります。パリのボザールで学んだ米国人ジョージ・ハウ(1886~1955)とスイス出身のウィリアム・レスケーズ(1896~1969)の共同事務所が設計しました。

これの10年前にコンペで採用されたシカゴ・トリビューン本社ビルと比べれば、じつに斬新でモダンなデザインになっていることがわかるでしょう。

全面ガラス張りのミースの超高層ビルほど外壁は自由になっていませんが、各階には水平の連続窓が施されていて、ル・コルビュジェ風でもあります。これらの連続窓は、できるだけ面積を広くしてオフィス階のインテリアに外光を取り入れる機能を持っています。

デザイン面で個性的なのは、基壇の部分。1階のショーウィンドウの上にステンレスの細い帯が鉢巻のように取り付けられ、その上にツルツルした黒大理石の重たそうな基壇が載っています。でも下の「鉢巻」とのあいだに隙間があるせいで、あまり威圧感を与えません。

Philadelphia Savings Fund Society Building
フィラデルフィア貯蓄銀行ビル(写真=ProfReader/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

フィラデルフィア貯蓄銀行ビルの機能美

その基壇の角を直角にせず、なめらかなカーブにしたことも、全体の印象をやわらげています。直線と曲線が組み合わさっていますが、幾何学的な美しさという意味ではアール・デコのスタイルといっていいでしょう。また、屋上にアンテナ塔を立てて、屋内でラジオを聴くためのオーディオシステムを設置するという装置面での新しい試みもしました。

建物の内部を見ると、銀行のオフィスは吹き抜けの開放的な空間。いまでこそ当たり前の風景ですが、古い映画でもよく見るように、昔の銀行や郵便局の窓口はほとんど壁でふさがれていて、対面するところだけ開いていました。当時の人々は、このスタイルに相当な新しさを感じたことでしょう。モダニズムらしい機能美があります。

一方、ロビーに敷かれたカーペットは幾何学的なアール・デコのデザイン。モノクロ写真ではわかりませんが、オレンジ、ブルー、イエローといった鮮やかな色を使っているのもアール・デコの特徴です。

ル・コルビュジェのモダニズムは(サヴォア邸もそうだったように)白が基調で、鮮やかな色はほとんど使いません。そういう点でも、フィラデルフィア貯蓄銀行ビルはモダニズムとアール・デコが融合していると見ることができるでしょう。

ニューヨークに超高層ビル群が生まれた理由

ゴシック様式でシカゴ・トリビューンのコンペを制したフッドとハウエルズも、その後はアール・デコを取り入れた超高層ビルをいくつも手がけました。その中でもいちばん有名なのは、1939年に完成した「ロックフェラー・センター」でしょう。