巧みな鞍替え戦略が徒となった

Appleが既存の業界に切り込むとき、そこには必ず既存各社との複雑な利害関係が生じる。テック・クランチは、「アップルの手口とは、他社に新たなカテゴリを確立させておいて、(Appleの)デザインとロジスティクスの力で市場を掌握し、搾り取るというものだ」と論じる。

既存自動車各社が協力を躊躇した理由は、Appleの下に収まりたくないというブランド戦略だけではないだろう。Appleの市場参入に手を貸せば、いつか業界トップの座を奪われる未来が目に見えている。

過去を振り返っても、Appleはいつの時代も鞍替えが上手かった。90年代、Mac OS(現macOS)はモトローラのCPU「PowerPC」上で動作しており、Intelで動くWindows勢に速度で水をあけられていた。スティーブ・ジョブズCEO(当時)は、Intel製CPUは発熱量がひどいと主張し、数カ月に1度の自社イベントがあるたびに壇上で散々にこき下ろした。そのわずか数カ月後のイベントで、ジョブズ氏は何食わぬ顔で再び登壇し、満面の笑みでIntel対応版Mac OSを発表する。Mac OSは「(PowerPCとIntel版が存在する)秘密の二重生活」を送っていたのだ、と涼しい顔で言ってのけた。

アップルストア
写真=iStock.com/plavevski
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何度も失敗を繰り返してきたから大ヒットがある

Appleはその後、さらにIntelとの蜜月に別れを告げ、現行「M3」「M4」などMシリーズチップの自社開発に乗り出す。こうして折々に最適なパートナーと組み、最終的には内製化するのがAppleのスタイルだ。

iPhone誕生以前の2005年には、盟友・モトローラと携帯分野でもタッグを組み、音楽ソフト「iTunes」搭載の携帯「ROKR」をモトローラブランドから発表。酷評を受けると早々に手を切り、2007年には自社製の初代iPhoneを発表した。モトローラとしては、携帯産業のノウハウだけを吸収された形だ。Appleカー頓挫の背景に、こうした変わり身の早さを自動車各社が警戒し、協業を拒んだ可能性も否定できない。

自動運転EVの開発中止は、Apple社の未来にどんな影響があるのだろうか。昨年発表されたゴーグル型空間コンピュータ「Vision Pro」の反響の薄さといい、近年のAppleにはかつての勢いがないようにも思われる。とはいえ、Appleはこれまでも野心的な製品を発表し、iMacやiPhoneなど大ヒットを飛ばしてきた。

古くは製造品質に批判の相次いだiMac G4 Cubeや、日本のバンダイと提携するも失敗に終わったゲーム機のPipin Armark、Appleを瀕死に追いやったMac OS Coplandなど、致命傷となりかねない失敗作やプロジェクト中止を何度も乗り越えてきた。

AI分野に人的リソースを振り直したことで、後手に回った音声アシスタント・Siriの評判を覆し、目下峻烈な開発競争が繰り広げられているAI製品の分野で巻き返しを行っていくのだろう。指輪状のスマートリング「Apple Ring」の噂も聞こえ始めており、Apple製品はさらに生活に密着した領域に裾野を広げそうだ。共同創業者・スティーブ・ジョブズ氏の意志を継ぐ現ティム・クックCEOの次の一手に期待したい。

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