「他者」ではなく天や大地を意識する

ここまで見てきた坐禅やヨガは、いずれもその根幹に「呼吸」を置いている。呼吸法について30年以上研究を続けている明治大学教授の齋藤孝氏は、「息を調(ととの)えて、心を調える。呼吸は自分自身と付き合っていく最大の“道”。世界と自分をつなぐ道であり、他者と自分の息を合わせるという意味での道でもあります」という。

眼前にいる“他者”を意識すると、人はしばしば考えすぎたり気が滅入ったりする。そのため、人は古代から世界や宇宙、大地、天、あるいは神といったやや離れたものを意識することで、こうしたストレスを解消してきた。

呼吸法:息を調えると、目の前の雑事から距離を置ける/ 30年来、呼吸法の研究に取り組む齋藤孝明治大学教授。『呼吸入門』『声に出して読みたい日本語』『折れない心の作り方』ほか著書多数。

「一神教的な神が馴染まない日本人には、呼吸がそういう大きな何かとつながっている実感をもたらしてくれます。呼吸を調えて、目の前の雑事から距離を置くわけです」

孤独に浸るのではなく、もっと大きな存在とつながっている、長い長いタイムスパンの中に自分という存在がいる、という感じを掴む。そのためにはまず呼吸を通じて身体に働きかける。すると身体の状態が変わり、次に心の状態が変わる……という手順を踏む。

「心から心に働きかけるのが必ずしも効果的ではないんです。心じたいが落ち込んでいるときに『しっかりしろ』と言っても立ち直るのは難しい。例えば温泉に入ると自然と身も心もほぐれるように、身体を1つ経由してから心に働きかける手法がむしろメンタルケアの王道。しかも常に携帯できて身体に働きかける技となると、温泉やお酒よりもやはり呼吸が一番身近なんです」

齋藤氏の呼吸法には2つのパートがある。まず肩甲骨を上下させたり、ハッハッと息を吐きながら軽くジャンプしたりして、赤ん坊のように自然に息ができる上半身をつくる。これはいわば準備運動だ。次が丹田(たんでん)呼吸法。鼻から3秒息を吸って、2秒お腹の中にぐっとためて、15秒かけて口から細く吐きながら、臍下(せいか)丹田――ヘソの下――を充実させていく。この2つを、場に合わせて組み合わせながら使うという。

「昔の日本人は、臍下丹田や肚といった心身の“中心感覚”をごく普通に自覚していましたが、今は違う。この2つを身につけるということは、困ったときにいつでも心が帰れる場所、外界と距離を置き、呼吸を調えて心をメンテナンスする場所があるということです」

呼吸法は、こうした外界・他者と自分とをつなぐ際の“調節弁”だと齋藤氏は言う。心の問題を心だけで解決するのではなく、呼吸を介し身体を通じてケアするこれらの手法。試してみる価値はありそうだ。

※すべて雑誌掲載当時

(坂本道浩(坐禅、呼吸法)、小原孝博(ヨガ)=撮影)
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