バイト掛け持ちの29歳女性に「救いの手」
最後に紹介する被告人は、29歳の女性だった。黒いパンツスーツで、スタイルも姿勢もぴしっと良い。ただ、だいぶ緊張している風だ。朝8時すぎ、自転車便のアルバイトへ、スポーツタイプの自転車で出勤途中のことだった。咳き込んで赤信号を見落とした。前傾姿勢のまま、約20キロの速度で交差点へ進入。すでに青信号となった横断歩道へ、左側から60歳の男性が出てきた。そこへ衝突。男性は転倒し、脳挫傷等の傷害を負った。直近の症状を、検察官が述べた。
検察官「病院から病状を聴取……外傷によって精神障害が生じた……徘徊し、5分前の経験も忘れてしまう……回復見込みなし……」
被告人の父親は会社を経営していたが、不景気で倒産。被告人は東京へ出て、自転車便と日本料理店と2つのアルバイトを掛け持ちしていたという。治療費等をいったいどう支払っていくのか。弁護人がこう尋ねた。
1万5000円の掛け金で1億円まで補償
弁護人「火災保険に入ってたんですね」
被告人「はい」
弁護人「アパートを借りたときの」
被告人「はい。だいたい2年ぐらい前です」
アパートの契約時、火災保険に加入させられていた。掛け金は「1万5000円ぐらい」だったという。そこに特約として「個人賠償責任保険」がついていた。
弁護人 「1億円までは、この特約で出る……」
被告人 「はい」
なんと! 私は傍聴席で、どんなにホッとしたことか。個人賠償責任保険は、洗濯機のホースが外れて階下を水浸しにしてしまったようなときばかりでなく、自転車の事故にも保険金が出るのだ。
被害者の傷害があまりに重かったため、求刑は禁錮1年10月。判決は禁錮1年10月、執行猶予3年とされた。