日常生活には天文学の用語が数多く入り込んでいる。たとえば「金融ビッグバン」とは1990年代後半に進んだ大規模な金融制度改革のことだ。本書は生活に即した言葉から始まり、宇宙の不思議な姿を解説していく。寝ころびながら天文学の入り口がスラスラ頭に入ってくる文章も魅力の1つである。また手書きの図版が温かみを醸し出しており、もちろん数式はどこにも出てこない。
ビッグバンについてはこう見事に説明する。「宇宙は、137億年前に、ビッグバン(big bang)ではじまったとされています。ビッグバンは宇宙のはじめを示す言葉として知名度を上げていき、そのために、『何か新しいことがはじまる、あるいははじめる』時に、その内容を表す別の言葉と組み合わせて用いられるようになっています」(180ページ)
著者は国立天文台の副台長を務める天文学教授で、テレビでのわかりやすい解説には定評がある。実は、天文学者には伝統的にアウトリーチ(啓発・教育活動)の達人が多い。なぜならば、逆説的に思われるかもしれないが、天文学は日常から一番遠い学問だからだ。
宇宙の歴史は137億年もあり人間の生活とはかけ離れている。しかし、この長さでものごとを見ると、日常を客観的にとらえることが可能となる。四半期の業績に一喜一憂せざるをえないビジネスパーソンにこそ、こうした時間軸が必要なのだ。
この視点は地球科学を専門とする評者も得意とするもので、「長尺(ちょうじゃく)の目」と普段から呼んでいる。しかし、悲しいかな、わが地球はたかだか46億年の歴史しかない。つまり、地球科学は3倍以上の年数を扱う天文学には到底かなわないのだ。その意味でも天文学者は私たちの先輩なのである。
さて、ビッグバンとは137億年前に始まった宇宙の膨張も意味するのだが、ここには大事な情報が隠れている。実は我々が夜空を見上げて観察する星は、すべて過去に光を放ったものを見ているのである。著者はこう語る。「光の速度は有限なので、遠くを見れば見るほど過去が見える(中略)月は1.3秒前の姿だし、太陽は8分前の光。七夕の彦星は17年前、織り姫星は25年前、アンドロメダ大銀河は230万年前の姿です」(186ページ)。
すなわち、遠方の星ほど過去を見せてくれ、それを延長していけば、最後に137億年前のビッグバンの最初の姿が見えるというのである。それでは、「金融ビッグバン」のほうは未来からはどう見えるのだろう、と世間に疎い地球科学者にもたいへん気になるところだ。
時間と空間を巧みに操られながら、渡部潤一教授の「ナベジュン」ワールドに遊ぶと、日常の小さなトラブルや悩みは何でもない出来事に思えてしまう。これからの季節、透き通った天空を見上げる際に、ぜひ片手に持っていたい本である。