東日本大震災の発生以来、地震、津波、原子力と科学用語が氾濫しているが、これらの理解にもっとも重要なのが物理学である。新幹線も携帯電話もそのお陰なのだが、実は物理学はそれほどやさしくない。
著者は日本を代表する宇宙物理学者で、抽象的な宇宙論をわかりやすく解説する名手でもある。「自然が引き起こしているすべての事象は、人間の知恵によって理解できる」(14ページ)と、「少し傲慢そうにみえるが」と控えめながらも毅然と述べる。
物理学の目的は、自然界の多様な現象に対して「現象を担う物質の性質・運動・反応性などによって説明できる理論を構築する」ことにある(16ページ)。そして、その理論は「予言性を持っていなければならない」と著者は言う。科学は予測と制御の力を持つが、中でも一番「予言性」のある学問が物理学なのだ。
書店に出向くと物理の法則などを説明した入門書がたくさんある。しかし、本書が優れているのは、法則や原理について親身になって解説するだけではなく、その根底にある物理学の思考法を俯瞰する書き方がされている点にある。著者には『科学の考え方・学び方』(岩波ジュニア新書)という優れた著作があり、科学的な思考法をきちんと知ることはビジネスパーソンにも極めて大切なのだ。
目次を見てみよう。第一章「原理、法則、定理とは何か」では物理学の扱う内容と大前提が語られる。第二章「物理学の原理」と第三章「物理の法則」では、アルキメデスの原理をはじめとして、浮力の原理、テコの原理、自由落下の法則、万有引力の法則と耳慣れたものが続く。物理学を縁遠いものと思わせない著者の工夫がここにある。
第四章「物理学の原則」では、対称性、相似性など物理学を貫いている原則をわかりやすく説明し、最終章の第五章「自然の理論と人間の思考」では、科学者のものの考え方について論ずる。たとえば、物理学者に共通する審美眼として、「なるべく数少ない仮説の下で普遍的な意味を持たねば、それは真実とは認められない」という見方がある(225ページ)。「オッカムの剃かみ刀そり」という言葉で有名な考え方だが、著者の科学者としての美的感覚が鮮やかに示された読みごたえのある章だ。
最後に、地震や地球温暖化などの「複雑系に関わる問題は、これまでの科学は後回しにしてきたこともあって、十分開拓されていない状況にある」(243ページ)と述べる。すなわち、人間の生み出した科学は、細かい分析は得意だが、全体像を組み立てる統合は不得手なのである。
本書からは物理学の原理や法則とともに、科学がこれから向かうべき方向も知ることができる。著者は長年、啓発・教育活動を精力的に行ってきた科学者で、私にとっても仰ぎ見る存在である。「3.11」後の不透明な世界を根本から理解するうえで必読の科学書といえよう。