ピグマリオン効果。教師が期待をかけることによって学習者の成績が向上する傾向のことだ。ただ、実はこれ、元になったローゼンタールの実験には、再現性が確認できない等、批判が多い。

それでもこの言葉がいわば「教育者の心得」として生き延びているのは、それが個人の経験や実感と矛盾せず、受け入れやすいからである。

「褒めて、認めることによって、社員のモチベーションは上がる」。ビジネスの世界のこんな定説も、真っ向から否定する人は少ないだろう。でも、本当に誰かちゃんと調べたのか。成功事例の報告は数あるけれど、承認以外の要素がモチベーション向上に影響した可能性はないのか。こんな疑問に実証研究で答えたのが本書である。

著者は、公益企業およびサービス業、派遣社員、私立病院および公立病院の看護師というタイプの異なる組織、従業員に調査研究を行った。

まず個人の自己効力感(自分の環境を効果的にコントロールできているという感覚)、モチベーション、組織コミットメント等を表すと考えられる40前後の質問項目に答えてもらう。その後、対象者が所属する職場において、意図的に上司が部下を褒める取り組みをしてもらう。数カ月を経て、同じ質問項目の第2回調査を行う。2つの調査の回答傾向の変化を統計処理し、有意差を確認する。ごく大くくりに言うと、こんな手順だ。

結論はなかなかに興味深い。たとえば企業の正社員グループでは、上司の承認によって自己効力感が有意に高くなっていた。今回のプロジェクトでは、管理職に対する事前研修実施等かなり徹底したやり方で、「具体的な称賛・承認」が実践された。仕事の内容や成果(具体的事実)、顧客や取引先からの感謝(客観的情報)を伴った承認が、確実に自己効力感を高めるということが実証されたのである。

年齢や職種でも傾向が分かれた。若年者のほうが中高年者よりも承認効果が大きいが、これは私たちの一般感覚にも合致すると言えるだろう。派遣社員は派遣先ではなく、派遣元で承認された場合に限り、「評価への満足」が高まる。上司が部下の看護師に患者からの感謝の声を伝えることは、モチベーション向上につながらない。ちょっと意外なこれらの結果も、精緻な分析により、納得して読めた。

本書の中核は実証研究部分だが、1章で経営学における人間観のおさらい、2章で日本の文化的特徴、3章で「承認」の概念整理が行われ、9章で成果のまとめ、10章で結果を受けての著者の提言と、一般読者への十分な配慮も窺われる。難を言えば、測定尺度、因子分析、パターン行列等、前提知識がないと難しい用語がある点。分析上のディテールが難しければ、そこだけ思い切って流し読んでもいいかもしれない。比較的少ない労力で、骨太の研究書に触れられる点でもお勧めの本だ。