メディア露出の裏で、モラトリアムに苦しんでいる
2020年のコロナ禍によって、女子プロゴルフ界も激震に見舞われた。シーズン序盤の試合は全て無くなり、2020年のプロテストは、次の年に開催されることになった。
仕方がないこととはいえ、プロスポーツ選手の20代前半の一年は非常に貴重だ。
「やっぱりショックでしたね。この宙ぶらりんの期間がまた一年伸びるんだと思いました」と幡野は思い返す。プロテストに挑戦する選手は、メディア露出も多く、スポンサーもついたりすることで、揶揄する声も少なくないのだが、当の本人たちは、このプロでもアマでもないという、微妙なモラトリアムに苦しんでいる。
「プロテストを受かっていないという劣等感と罪悪感があって。頑張ろうという気持ちは、もちろんずっとあるんだけど。メンタルの浮き沈みが激しくなったりして。プロテスト受けてる子たちはたぶん皆、病んでますよ(笑)」
みんながみんなそうではないだろうが、プロテストに挑戦する選手たちの置かれている立場は、多くのファンが思っているよりも心の負担の大きいものなのかもしれない。
そして、その頃からスイング作りに取り組む幡野に、イップスの症状が現れはじめる。イップスとは、同じ動きを繰り返し行うスポーツ選手に起きる運動障害のことで、意図しない動きを反射的にしてしまったり、手などにしびれを感じたりする症状が出る。
イップスの症状は、パッティングや距離の短いアプローチに出ることが多いが、幡野はスコアメイクの要であるアイアンショットにも症状が出たという。その頃、ゴルフメディアに「ショットがひどくて、どこに飛ぶかわからない」というコメントを掲載した記事が載った。
「イップスはアプローチもパッティングも一通り経験していて、中でもその時期、ショットがひどくて。アイアンで隣のホールまで打ってしまったりしました(笑)。
テークバックの段階から気持ち悪くて、切り替えしてからクラブが下りてこなくなったりとか。これはもう選手としては無理だなと思ったこともありました」
「自分に納得のいくまで、教えを乞おう」という姿勢
イップスによる極度の不振で、思うようなゴルフが全くできない時期が1年近く続いた。幡野が唯一、最終プロテストに進出できなかった2021年6月のプロテスト(2020年度)はそんな状態で受験したものだった。
幸い、アメリカ人のクロセティア・マイケル氏、通称“キウイコーチ”に指導を受け、イップス症状は改善したという。
「未だに気持ち悪さはまだ残ってるんですけど、おかげでイップスの症状は良くなりました。キウイコーチは理論派で、教え方もすごく良かったんですけど、コミュニケーションが英語なので。私の英語があまりにもつたなくて。結局長く続けることができませんでした」
その結果、その後も何人もの著名なコーチのところを訪ね、教えを請うたという。
『山月記』で有名な作家、中島敦に「悟浄出世」という短編がある。人生に苦悩する悟浄が、幻術師や高僧などにその難問を訪ねて放浪する話だ。まるで悟浄のように、幡野もスイングに悩み、煩悶し、さまざまな有識者を訪ねて、答えを求めつづけているように見える。
プロテストのために約400万円の会員権も購入
振り返ってみて、2019年と並んで、幡野にとって重要な年となったのが2023年のプロテストだ。
前年、2022年に最終プロテストまで進んだ幡野だったが、扁桃腺の腫れによる高熱によって棄権してしまった。幸い、救済処置がとられ、2023年のプロテストを幡野は最終予選から受けることができた。他の選手と比較しても、かなり有利な条件でテストを受ける事ができる。
このチャンスを逃すわけにはいかない。幡野はその1年間、今まで以上に全てのリソースをプロテスト合格に注いだ。
最終プロテストの会場は、岡山県にあるJFE瀬戸内海ゴルフ倶楽部。ミズノオープンや日本女子プロなど、多くのトーナメントが開催される一流コースだ。
幡野は、約400万円と言われるこのゴルフ場の会員権を購入。そして、コースの近くにマンスリーマンションを借り、短期移住してコース攻略のための練習ラウンドを繰り返した。おそらく、引っ越しまでして、プロテストに備えた選手は、過去にもほとんど例がないだろう。