エンジョイ・ベースボールの生みの親が実践するエンジョイ・ビジネス
香川OGの場合、球場が駅から離れていて集客には不便。人が集まらないから球場へのバスも廃止される悪循環。車で来るから酒を飲めない。野球場は食事ができて、グッズが買えてこそ金銭が落ちて経済活動が成り立つ。
福山社長は町の中心部、アクセスのいい場所に球場を作ろうと市長に談判していて、「見通しも立ちそうです」という。
とはいえ、上田は「こんなはずじゃなかった。失敗した」と言って豪快に笑う。この人は窮状でもいつも明るいのだ。
塾高の監督の時は横浜の松坂大輔(元西武など)を、東海大相模の菅野智之(巨人)を、桐光学園の松井裕樹(パドレス)を倒さないと、と思考を巡らせていた。社会人野球のレベルがないと神奈川は勝ちぬけなかった。
慶応大学の大久保秀昭前監督(現エネオス監督)、堀井哲也監督の下でコーチをやって、この時も充実していた。指導者全集中の時と比べると香川の選手はやっぱりレベルが落ちる。でも、向上心は同じだった。
「ここはこうしたほうがいいんじゃないの、ってちょっとアドバイスしたら喜んで食いついてきた。レベルの差はあるけど同じ野球だもん、選手は純真でかわいいですよ」
ボールを追う若者には技術に関係なく、ほだされる。昨年末の時点でこう言っていた。
「2月のキャンプにはグラウンドにジャージ姿で出る機会もあるかな。公式戦は遠征も含めてチームに帯同します。ただ、現場には監督、コーチがいて指導方針がある。積極的な技術指導はしないよ」
ところが、3月1日、代表と兼務でヘッドコーチ就任が急遽、発表された(教え子の営業担当もコーチ就任)。
「年があらたまって、コーチやマネジャーが辞めて、仕方なくヘッドコーチもやることになった。球団代表が本業でチームの用具車を運転し、審判の弁当も手配したり。もう、大変なことになってる(笑)」
3月中旬、電話口でそう言いながらやっぱり笑っていた。
「慶応は経済的にも恵まれてるし、野球がダメでも大学には行ける。香川の連中はほとんどがその逆で恵まれないやつばかり。彼らに愛を注ぐのが俺の仕事だなと思った。野球の面白さを教えたり、人としての成長を手伝ってやるのも楽しい。もう、前向き、前向き」
エンジョイ・ベースボールとその先のエンジョイライフのために、上田は彼らに持てるものすべてを授けている。それこそが66歳のエンジョイ・ビジネスでもある。
二十数年前、塾高の日吉台球場と同じように、讃岐から浜っ子が変革を起こす。優勝を見届けるまでは続けるつもりだ。
(文中敬称一部略)