製薬会社と医師の功罪

同書によれば、アメリカでは15年間に成人の双極症が2倍に、注意欠如多動症(Attention Deficit Hyperactivity Disorder、ADHD)は3倍に、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder、ASD)は20倍に、子どもの双極症は40倍に増えたといいます(*8)

彼がこうした状況を危惧し、医療者や製薬会社が加担したさまを手厳しく批判したのはもっともなことです。

同じく社会学者のピーター・コンラッドも、社会現象としての医療化を論じた書籍のなかでそれらを批判的に論じました。コンラッドは医療化を進展させる駆動力のひとつとして、医師の功名心をも挙げています(*9)。実際、新しい疾患概念を打ち出した医師は歴史に名が残り、新しい専門分野を、ひいては新しいポストを創造するでしょう。

(*8)アレン・フランセス『〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDMS-5への警告』青木創訳、大野裕監修、講談社、2013、175~176頁
(*9)ピーター・コンラッド、ジョゼフ・W・シュナイダー『逸脱と医療化 悪から病へ』進藤雄三監訳、杉田聡、近藤正英訳、ミネルヴァ書房、2003

感情を安定させなければならない現代人

医療者や製薬会社に功罪があるのは否定できません。しかし“文化的な自己家畜化”の進展(自己家畜化については前回記事を参照)によってますます穏やかになっていく社会、社会契約や資本主義や個人主義に妥当するよう求めてやまない文化や環境のなかで生きるのは、簡単な人には簡単でも大変な人には大変だったのではなかったでしょうか。

日本の文化や環境は、先進国のなかでも安全・安心が徹底され、功利主義が過剰なまでに行き届いたものです。私たちはアンガーマネジメントしなければならず、感情が安定していなければならず、人混みやプレゼンテーションに際してもパニックや動悸に襲われてはいけません。

ポジティブなメンタルヘルスコンセプト
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人並み以上に生物学的な自己家畜化が進んでいた人──HPA系がより穏やかでセロトニンがより豊富な人──にとって、それらは朝飯前かもしれません。ですがそうではない、中世以前ぐらいの環境が最適な人にとって、いつでもどこでもHPA系の自己抑制を強く求められ、セロトニンこそが肝要とされる文化や環境に適応するのは簡単ではないでしょう。そこで、たとえば抗うつ薬SSRIのような救済策が待望されたように思われるのです。