その結果、第1墳墓で見つかった男性の遺骨はフィリッポス2世であることが判明したという。この墓には女性と赤ん坊の遺骨も葬られており、研究チームはこれをフィリッポス2世の妻クレオパトラと、生まれたばかりの夫妻の子供だと結論付けた。

これは、フィリッポス2世の死に関する歴史書の記載とも一致する。彼はクレオパトラが出産した直後に暗殺され、クレオパトラと赤ん坊もそのすぐ後に殺されたのだ。

「まず第1に、歴史資料によればフィリッポス2世は片方の目をけがしていた。そして第2墳墓の男性の骨には片目にけがをした形跡があるというのがこれまでの説だった。だから第2墳墓に葬られたのはフィリッポス2世というわけだ」とバルチオカスは語った。だが、第2墳墓の骨にあるといわれていた目の辺りのけがの痕跡は、実際にはないことが最近の分析で明らかになった。定説は誤った根拠に基づくものだったのだ。

「第2に、第1墳墓の男性の足の骨には癒着が見られ、これはフィリッポス2世が片足を引きずっていたとされる点と一致する。第3に、第1墳墓に新生児がいたことも、この墓がフィリッポス2世のものである証拠だ。マケドニア王族の中で、生まれた直後に殺されたことが知られているのはこの(フィリッポス2世の)子しかいないからだ」

「第4に、(合葬されていた)女性の生物学的年齢は18歳で、これはフィリッポス2世の最後の妻クレオパトラと一致する。古代の資料では、生まれたばかりのわが子と共に殺されたのは若い娘だったと伝えられている」

一方で第2墳墓の男性の遺骨からは、生前にけがをした痕跡が見つからなかった。また第2墳墓にも女性が葬られていたが、2人の遺骨は火葬されており、大王の兄アリダイオスの歴史的データと一致する。そこで研究チームは、第2墳墓をアリダイオスと妻のエウリュディケのものと結論付けた。

第2墳墓の主がアレクサンドロス大王の後継者となった兄だったことから、ここで見つかった遺物は元はアレクサンドロス大王の所有物だった可能性もあると研究チームは指摘する。「埋葬者の身元が誰かによって、その(墓の)内容物の解釈は大きく変わってくるだろう」

「例えば、古代の文献の描写や記述を基に、第2墳墓の鎧などの遺物の一部はアレクサンドロス大王のものだったという説を唱える学者もいる。だがそれも、これがフィリッポス2世ではなくアリダイオスの墓でなければ成立しない」と論文は指摘する。

一方で、第3墳墓に葬られていたのは死亡時に10代の少年だったアレクサンドロス4世だという点で、ほとんどの専門家の意見は一致。今回の研究でも、定説を否定するような証拠は見つからなかったそうだ。

当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
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