イスラエルもアラブも共通の敵はイラン
しかしイスラエル政府とアラブ諸国政府の利益計算が、大きく狂ったわけではない。双方の共通の敵が、イランだ。さらに言えば、地域内のイスラム過激派勢力である。イランの影響下にあるイエメンのフーシー派などだけではない。ガザを基盤にしていたハマスも、イスラム過激派勢力の一角を占めていると言える。
現在、アラブ諸国が、ガザ危機に際して具体的な行動をとろうとしない大きな理由の一つが、ハマスに対する警戒心だ。ハマスの勢力の伸長は、イランを後ろ盾にするイスラム過激派の勢力の伸長につながる――そう考えるアラブ諸国の権威主義的な政権は、ハマスの弱体化に、イスラエルとの共通の利益を見いだす。
エジプトの行動に見る「アラブ諸国の立場」
1979年にアラブ国家として最初にイスラエルとの国交を回復させたのは、エジプトである。「アラブの春」によってムバラク独裁政権が倒れた直後の2012年、エジプトではイスラム原理主義的な性格を持つ「ムスリム同胞団」のモルシが大統領選挙に勝利した。しかしモルシ大統領は、わずか1年余りで軍事クーデターによって倒された。モルシやその他のムスリム同胞団の幹部の多くが逮捕され、死刑判決を受けた者も少なくない。その弾圧を指揮した軍事政権の主導者が、国軍幹部であった現在のシシ大統領である。
ハマスは、ムスリム同胞団と同じ起源を持つとも言われる。現在も緊密な関係を持っているとまで見る者は少ないが、イスラム原理主義的で反イスラエルであるという思想において、ハマスとムスリム同胞団を同じ系統に分類できることは間違いない。モルシ政権がハマスに親和的であったのとは対照的に、エジプトのシシ政権はハマスを警戒してきた。このエジプトの立ち位置は、「アブラハム合意」で明らかになったアラブ諸国の立場を代表している。
トランプ氏が大統領に返り咲いた場合、「アブラハム合意」路線の再確立に奔走することは確実であると思われる。ハマスの過激路線を否定するという観点から、イスラエルとの間に共通の利益を見いだすよう、トランプ氏はアラブ諸国に働きかけるだろう。その点で合意ができるのであれば、イスラエルがハマス掃討後のパレスチナ政策を穏健化させるなどの「取引」を持ちかける可能性もある。
それは、さらに踏み込んで、(明白に国際法違反の)イスラエルのガザ占領統治体制をアラブ諸国に認めさせ、「アブラハム合意」路線のアラブ圏への普及を根拠として事態の収拾を主張する、という路線にもつながっている。