自己実現のために働かない

20代、30代は仕事にどっぷりつかり、必死になって頑張る年代です。40代になると部下ができます。その部下を信頼して仕事を任せ、しなやかに生きることを信条に、社外の人と会ったり、勉強会を主宰したり、あるいは、家族と仲良くすごすための時間を意識してつくるようにしましょう。

仕事をおろそかにするわけではありません。仕事の総合力を磨く時期なのです。自分の経験からしても、総合力が最も伸びたと実感するのが40代です。それまでの経験が蓄積されているから、本を読んでも映画を観ても吸収が早かった。

50代はいわば40代の余力で走る年代です。だから、40代でどれほど伸びたかが50代を決するのです。40代である程度のものをつかんだ人は50代でも伸び続けますが、つかめなかった人は残念ながら停滞の50代になってしまいます。

私は50代後半に東レの役員になりました。役員になると大きな権限を与えられますし、発言の影響力も大きくなる。自分がまた成長できたと思い、仕事にも、より一層の意欲が湧いた時期でした。

ただ、予想外のことがひとつありました。私はそれまで、アブラハム・マズローの欲求5段階説を信じていました。すなわち、人間の欲求には、(1)生理的欲求、(2)安全の欲求、(3)所属と愛の欲求、(4)承認の欲求、(5)自己実現の欲求という5段階があり、人間は最後の自己実現欲求を満たすために絶えず成長していく存在だ、というものです。

この考え方を仕事に当てはめると、20代から30代の若い頃は、食べるために働く(1)から始まり、他人から認められるのをよしとする(4)を満たすために働いていました。これが40代になると、「最高位の(5)自己実現欲求で働いているのだ」と自分では信じ、周囲にもそう話していました。

ところが50代になると、自己実現欲求の上にもう1段階があるとわかったのです。それが「自分を磨くために働く」ということなのです。

10年6月、社長職を退くとき、かつての部下たちが送別会を開いてくれました。それだけでも上司冥利に尽きますが、なおも嬉しいことに「今後、年1回は佐々木さんを囲む会を開きます」というのです。理由を聞いたら、「佐々木さんは私たちを単なる部下ではなく、家族のように接してくれ、何でも相談に乗ってくれた。自分たちが今あるのも佐々木さんのお陰だから」というのです。

私は当時、どうしたら部下たちが自分の成長を実感できるかということに心を砕いていました。そのことを彼らが理解してくれたのです。私は地位やお金を得るために、あるいは自己実現欲求を満たすためにやったのではありません。彼らに楽しく、高いモチベーションをもって働いてもらいたかっただけなのです。面映ゆい言い方ですが、その頃から私は「自分を磨く」ために働いていたのでしょう。