当時の私はもう30代に入っていたでしょうか。いい大人が児童書なんて、と思われるかもしれませんが、もともと私の読書の原点は、子供のころに通いつめた貸本屋にあります。当時は1冊10円だったはず。漫画から少年少女文学全集、さらに大人が読む本まで、ありとあらゆるジャンルの本が雑然と並べられていて、手当たりしだいに読み漁っていました。いま書店に行っても、当時と同じ感覚です。特定のジャンルにこだわることなく店内を物色し、面白そうな本があれば児童書でも何でも気にせず手に取ります。

3部作を読んで得心してからは、チームの仲間にも勧めるようになりました。話すだけでは簡単に伝わらないことも、お互いに大事なことが腑に落ちて共通の認識を持っている状態で話し合えば、言葉が届くようになります。普通の本では読むのに時間がかかって勧めづらいこともあるのですが、この3部作なら1~2時間ほどで読めるし、それでいて奥が深い。チームワークを高めるのに最適な本でした。

『川は生きている』
『道は生きている』
『森は生きている』 

「自然と人とのかかわり方の本質を子供にもわかるように書くことは、深い理解と筆力がなければできません。児童書だからと軽視せず、ぜひ大人にも読んでほしいです」(藤重氏)富山和子著/初版1978年(文庫版は1984年)ほか/青い鳥文庫

同じ価値観を共有することは、企業活動にとって重要なことです。近年、和歌山県のウミガメ産卵地で、アライグマによる食害が問題になっています。それを聞いた当社の大阪工場有志が防護柵の製作をお手伝いしているのですが、うれしいことに、運送会社やビルメンテナンス会社の方など社外の方々も参加してくださっています。ボランティア活動なので仕事とは直接関係ありませんが、このように社会のお役に立つという共通の目的を持っていると、チームワークがよくなって、仕事のうえでも生産性が非常に向上します。価値観を醸成してくれるような深みのある本にも、これと同じような効果が期待できるのかもしれません。

その他、本質的なことに気づかせてくれる本としては、先ごろ亡くなった民族学者・梅棹忠夫さんの『文明の生態史観』(中公文庫)もお勧めです。この本は、動植物という自然共同体の歴史を紐解く生態学の法則をモデルにして、人間共同体の文明史を捉えなおした野心作です。50年以上も前に発表された著作ですが、自然が人間の生理を深いところで決めていくことを考えると、このモデルに対する新鮮な驚きと感動は読後40年経ったいまでも消えません。

梅棹さんは、ユーラシア大陸における諸文明を、気候が温暖で自然に恵まれた第1地域(日本と西欧)、大きな乾燥地帯を持つ第2地域(その他すべての地域)に区分しました。とくに興味深いのは、巨大な国が出現しては自然から収奪し尽くし、建設と破壊を繰り返すという第2地域の特徴です。いま世界の成長センターである中国やインド、ロシアは、第2地域に位置しています。こうした国々に向けて、自然とうまく付き合ってきた日本は、何か伝えられることがあるのではないか。改めて深く考えさせられます。

今回ご紹介した本は、いずれも自然科学と社会科学を結びつけて物事の本質に迫るものです。環境問題というと自然科学の見地から語られがちですが、単に自然を昔に戻せばいいという話ではありません。仮に日本人が数千万人しかいなかった江戸時代に戻れても、水や緑、土だけで1億2000万もの人を養うのは困難でしょう。

自然と仲良くしてエネルギーや食糧などの恵みを受けつつ、新しいコンセプト、新しい技術で、人間本来の生き方を模索していく。それが21世紀の幸せの方程式で求められる心の豊かさ、そして社会の発展につながるのだと思います。