職場では優秀でも、完璧な介護は難しい
妻は若いころ、仕事が忙しく育児にまったく関わらなかったAさんに、「育児は私がやるけど、介護は別。あなたの親の介護は私の仕事じゃない」と宣言したことがあります。
そのことが頭にはあったものの、妻が実家から戻っているときに、「母親の世話を手伝ってほしい」と切り出すと、「私は月の半分を自分の母親の介護に取られ、自宅に戻れば留守の間に家は荒み放題。パートをしながら溜まった家事をやっているのよ」とブチ切れ、売り言葉に買い言葉で、「もういい。ずっと実家に行ってろ」と怒鳴ってしまいました。
妻との諍いのあと、意地になって母親の介護を完璧にやろうとするAさんでしたが、母親は自分でやれることが少なくなってくるに従い、Aさんに依存するようになってきました。
Aさんも何とか母親のためにとがんばるのですが、仕事のようなわけにはいかず、焦りやイライラが募ってきます。仕事だけでも大変なのに、それ以外の時間をすべて介護に取られてしまい、身体だけでなく精神的にも追いつめられ、「母親のため」と思ってやっているはずなのに、ぞんざいな対応になったり、暴言を吐きそうになってしまいます。
だれも助けてくれない無職の介護生活
今の仕事を続けていると、「仕事も介護も中途半端になってしまう」と思いつめたAさんは、退職することを決めました。それまでは優秀だと自負していたAさんですが、介護が始まってからというもの、思うように成果が出せず、同僚との付き合いもなくなり、少し浮いているなと感じていたことも背中を押しました。
退職後、介護と両立できそうな、短時間の仕事を探すつもりでしたが、なかなか希望に合う仕事は見つからず、結果的に、介護だけに専念する日々となりました。仕事を辞めれば楽になると思っていたのに、来る日も来る日も家事と介護に追われ、仕事のような達成感が得られるわけでもなく、弱っていく母親を見るのはつらく切ないものでした。
離れて住んでいる弟に「仕事が休みの日に手伝いに来てもらえないか」と連絡をすると、「仕事をしていないんだから兄貴がやれよ」と言われる始末です。収入がないため、日々の暮らしは母親の遺族年金が頼りです。無職のままだと老後の年金が少なくなるので、自分の将来に対する不安も頭をよぎります。さらに、妻は勝手に仕事を辞めたAさんに愛想をつかし、実家から戻ってこなくなりました。