「低俗な読者」だった藤原道長の下品なひとこと

紫式部は返事もせず、「この場には光源氏に似たようなお方はいらっしゃらないのに、まして紫上がいるはずはないわ」と、大文化人の言葉を黙殺した。詩歌管弦に秀でていても物語理解力は不満ということか。

このエピソードから推測すると、それまでは「藤式部」と呼ばれていたのが、物語の流布によりヒロイン「紫上」の名に基づき「紫式部」と呼ばれるようになったのだろう。

藤原道長も読者だ。道長は自ら上等な美しい紙や筆・墨・硯を用意し、女房たちが紙を選び、能筆の人に書写させ、豪華な『源氏物語』の本を作らせている。『源氏物語』を最初に作者の所から持ち出したのも道長であった。

『源氏物語絵巻』より藤原道長(画像=東京国立博物館蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

このように讃えるべき面があるが、読者としては低俗だ。このような色好みの物語を描く作者は色好みだと見たのだから。道長は紫式部に言った。

き者と名にし立てれば見る人の 折らでぐるはあらじとぞ思ふ
(このような物語を書くので好色者と評判が立っている貴女だから、見かけた男がそのまま口説かずに素通りすることはないでしょう)
殿藤原道長(『紫式部集』・『紫式部日記』)

これに対し紫式部は、

人にまだ折られぬものを誰かこの 好き者ぞとは口らしけん
(まだ誰にもなびいたことのない私ですのに、誰がいったい好色者だなどと噂を立てたのでしょうか)
紫式部(『紫式部集』・『紫式部日記』)

と、ピシャッと言い返した。

『尊卑分脈』の彼女の注記に「道長妾」とするのは、このようなエピソードからか。

自分と登場人物を重ねる菅原孝標の娘

道長の流儀でいけば、不倫小説を書く作家は不倫体験者になるし、殺人事件を手掛ける作家は殺人犯になってしまう。小説の主人公イコール作者と見なす、最も低俗な読者だ。

もっとも詠者自身が主人公であることの多い和歌や、作者イコール「私」という日記文学の盛行がもたらした影響もある。近現代の私小説の愛読者もそう読むだろう。

自分とヒーローあるいはヒロインと重ねて読むミーハー的な読者が、『更級日記』の作者菅原孝標の娘だ。『源氏物語』の文章をすらすら諳んじるほど物語に没頭した孝標の娘は、

私はまだ幼いから器量は悪いが、年頃になったら限りなく美しくなり、髪の毛も長くなるに違いないわ。私だって光源氏様が愛した夕顔ゆうがおの君や、宇治うじの大将かおる様に愛された浮舟うきふね女君おんなぎみのようになるのだわ。
菅原孝標の娘(『更級日記』)

と、物語中の人物に己を投影させる。

夕顔の君は夕顔というニックネームの如く、はかなく散ったが、その短い期間、光源氏のこの上ない寵愛を受けた。美人薄命を絵に描いたような女であった。はかなげながら可憐で朗らかな性格で、光源氏は彼女にのめりこみ、死後も面影を追う。