輸出企業にとっては向かい風となる円高が、いまだに続いている。
しかし、円高は必ずしも悪いことばかりではない。輸入では円高メリットがあるし、企業が海外進出や海外投資をする際には円高が有利に働く。そこで企業のなかには「M&A(買収・合併)投資枠」を設けるところが増えている。
耳慣れないM&A投資枠だが、企業がM&Aに備えて一定の資金を振り分けておくものである。企業が保有する資金の一部を単なる余裕資金ではなく、「M&Aを行うために確保している資金」と明確に位置付けるのだ。
その背景には、円高で海外企業が割安に買えるということ以外に、企業の手元資金が膨らんでいることがある。
景気低迷で需要の先細りが懸念されて設備投資がしにくいことなどから、リーマンショック以降、企業は借り入れを減らして債務の圧縮を進めてきた。その結果、手元にある資金がかなり潤沢になってきているのだ。
図を見ていただきたい。バランスシート(B/S)の借方には、現金、預金、投資目的で保有する株式や債券などの短期有価証券が計上されている。これらをまとめて「手元流動性」と呼ぶ。「手元にあって、いつでも何にでも使える資金」という意味である。
経営者から見れば、月商6カ月分程度の手元流動性が確保されているのが理想だが、現実には1カ月分程度であることが多い。ほかに3カ月分の売掛金や手形などがあれば、実質的には4カ月分の資金の源泉があると考えられるからだ。それだけの余裕があれば、もし経営に異常事態が起きても十分に手を打つだけの資金的、時間的な余裕を確保できる。
一方の貸方には、長期や短期の借入金、そして自社で発行した社債が計上されている。これらはまとめて「有利子負債」と呼ばれる。そして、手元流動性と有利子負債との差額を、実質的な現金残高を示す「ネットキャッシュ」ともいう。いま、このネットキャッシュが債務圧縮で積み上がっているのだ。
ただし、投資家の立場から見ると、ネットキャッシュが多いことは必ずしもよいことではない。「なにも銀行に預けて利子を得ることを期待して投資しているわけではない。事業に回して、もっと利益を生むことを期待しているのだ」と考えることもできるからである。要は、利益を得る機会を失っているように思えてしまうのだ。
そこでM&Aに前向きな企業は、「ただ寝かせているのではありませんよ」ということで先のM&A投資枠を設け、資金の使い道を明確にすることで、投資家に納得してもらうようにしているわけなのである。
もっともM&A投資枠は企業の“意思表明”にすぎない。どの企業を買収するかなど、M&A戦略は企業にとって秘中の秘。具体的な内容を明かすわけにはいかず、「とにかくM&Aに使っていきますので、これで勘弁してください」といっているようなものなのだ。投資家とすれば、どこか釈然としない思いがどうしても残ってしまう。
前述のとおり、円高のときには海外企業のM&Aは好都合である。円高の分だけ安く買うことができるし、場合によっては同じ投資額でもう1つ別の会社を買収できるケースも出てくる。
M&Aはいつも成功するとは限らない。もし2社を買収できれば、1社の事業が失敗しても、もう1社の事業が成功する可能性があり、それだけ「失敗する余裕」が生まれる。経営者にとっても投資家にとっても、そのメリットは大きい。
国内市場に限界があるなか、海外市場への進出は急務であり、海外でのM&Aは重要な戦略といえる。M&A投資枠を絵に描いた餅にせず、ぜひ積極的に活用してほしいものである。