「刺し身もOK」の売り方だったら競争に勝てなかった
物事は最初が肝心だ。オルセン氏がサーモンを寿司ネタとして売るという考えを決して曲げずに貫いたことで、今のサーモン人気があると言っても過言ではない。魚の流通に詳しい水産アドバイザーはこう話す。
「ノルウェー産のサーモンが、『切り身』『塩サケ』用としてデビューしていたのなら、『刺し身もOK』と付け加えたとしても、今ほど寿司ネタとして浸透せず、国産やチリなどの塩サケとの競争に負け、市場から消えていたかもしれない」
オルセン氏の粘り勝ちとなったわけだが、オルセン氏も「切り身か、寿司ネタか」で究極の判断を迫られた当時を振り返り、「非常に大きな賭けだった」と打ち明ける。
今では、サーモンは欧米やアジア諸国など世界中で消費されている。オルセン氏は、「寿司文化発祥の日本で、寿司ネタとして認められたことが、ノルウェー産サーモンがここまで愛されるようになった最大の要因である」と語っている。
10年前に比べて日本への輸出量は5割増加
ノルウェーの通商産業水産省所管の「ノルウェー水産物審議会」(NSC)によると、2021年の日本へのサーモン輸出量は、原魚に換算して約5万トン(輸出時に頭や内臓を除去するため)である。10年前に比べて5割増加し、過去最高となった。2022年はコロナ禍や、ロシア・ウクライナ情勢の混乱などを背景に約4万トンと減ったが、依然として高水準となっている。
かつて、築地市場のプロたちからダメ出しされた魚が、いまや「脂が乗っていておいしい」、「食べやすくハズレがない」(大手水産会社のアンケート)と絶賛され、回転寿司のネタで10年以上、一番人気の座を譲らない。世界一のマグロ消費国である日本で、その座を揺るがすほど消費され、回転寿司だけでなく、スーパーの魚売り場でも必ず売られている。北海道から沖縄まで、全国の料理店で提供される海鮮丼にもトッピングされ、不動の人気を築いた。
いま、ノルウェーでは年間150万トンほどのサーモンが養殖生産されている。南西部の沿岸だけでなく、北極圏で育つブランド魚「オーロラサーモン」の人気も浸透してきた。さらに近年は、漁場環境の保全を視野に、沖合域での養殖も増えたほか、陸上養殖も進められている。
それだけではない。これまでなぜだか手が付けられてこなかった「ノルウェー産のサーモンイクラ」の生産についてもスタートさせたようだ。ある養殖業者は、これからの大規模な出荷も視野に、試行錯誤の段階だという。オルセン氏のサーモン寿司の可能性を信じた頑なな姿勢があったからこそ、こうした新たな動きが生まれたと言えるだろう。イクラも日本人は大好き。生産が軌道に乗れば今後、ノルウェー産サーモンの親子丼が食べられるようになるかもしれない。